・11―11 第223話:「国王ニコラウス:1」

 いつ、[本題]を切り出すか。

 食後のお茶を楽しみながら国王ニコラウスと身近に会話をすることのできる機会を手にして、源九郎もフィーナも、緊張を隠せなかった。

 これは、いわば直訴のようなものだったからだ。

 日本の江戸時代、直訴をすることは、死罪が与えられるほどの重罪だった。

 たとえ訴えが認められたのだとしても、それを行った者は例外なく、命を失うことになる。

 メイファ王国ではそんな制度にはなっていない様子だったが、それでも、一般の民衆が国王に直接物申す、というのは異例のことであるはずだった。

 しかし、この場にいる者のほとんどは、二人の味方であった。

 どうしてここまで旅をして来たのか。その事情はすでに仲間たちはみんな知っている。

 重税をしぼり取られ、若く元気な村人は兵士や労役に連れていかれ、それなのにあるべき庇護を受けることのできない辺境の村々の窮状きゅうじょう

 それをこれまで放置して来た国王に誤りを認めさせ、救済してもらう。

 そのためにこそ、長い旅路を歩き続けてきたのだ。


「国王陛下。実は、折り入って、願いたいことがあるんだ」


 ここは、年長者として自分から切り込むべきだろう。

 そう考えた源九郎は、会話がひと段落して途切れた瞬間を狙い、立ち上がっていた。


「願い? ……よかろう。そなたらは、国の恩人だ。叶えられるものであれば、できる限り応えよう」

「感謝します」


 突然のその仕草にもニコラウスはさほど驚きもせず、寛大かんだいに受け止めてくれるつもりでいるらしかった。

 セシリアが普通に慕っている様子だったから、悪人ではないはずだ。

 そう思ってはいたのだが、外見通りの温和な性格であるらしいことにほっとしながら、サムライは辺境の村々の窮状を訴えかけていく。


「……そうか。そのようなことになっておったのか」


 すべてを聞き終えた時、王様はしんみりとした様子だった。

 どうやら村人たちの酷い暮らしを聞いて、同情してくれているらしい。


「すべて、余の不徳の致すところだ。誠に、申し訳もない」


 そして、驚いたことにニコラウスは源九郎たちに向かって、深々と頭を下げたのだ。


(よかった……。これで、みんな助かる)


 慌てて自分も九十度直角になるくらいまで腰を曲げてお辞儀をしながら、源九郎はほっとしていた。

 すべてがうまくいくと、そう思うことができたからだ。

 ———しかし、次に聞こえた王様の言葉には、どこか、違和感があった。


「すぐに、セペド王国から麦を輸入して、困窮している人々に配らせてもらおう」


 セペド王国というのは聞き慣れない名前だったが、後でセシリアに聞いたところ、メイファ王国の南にずっと行ったところにある国で、肥沃な土地で麦が良く育ち、主要な穀物の輸出国になっている場所なのだそうだ。

 そこから麦を輸入し、飢えた人々に食料を与える。

 それは、確かに良いことだった。

 それで助かる人々は大勢いることだろう。

 だが、これでは根本的な解決にはならない。

 辺境の民が苦しんでいるのは、重税と、過酷な労役のせいだった。

 飢えているのは税を払うために収穫のほとんどを供出しなければならず自分の口に入って来ないからであり、貴重な労働力を取られているために満足な耕作もできず少しも余裕ができないという悪循環に陥っているせいだった。

 外から食料を持ち込めば確かに、一時しのぎにはなる。

 では、来年は?

 また食べ物を分け与えてくれるのだろうか。

 もしそうであるのなら一応、辺境の人々の暮らしは立ち直ることになるだろうが、もし、これ一回だけで済まそうと考えているのだったら、ニコラウスは問題の本質をなにも理解していない、ということになる。

 パンがないのなら、ケーキを食べればいいのに。

 地球にはかつてそんな世間知らずで傲慢ごうまんな発言をしたという噂が広まり、民衆の蜂起まで招いた王女がいたというが、体感的にはそれに近い。

 麦がないのなら、買えばいいのに。

 ニコラウスは、あけすけにするとそう言ったようなものなのだ。

 そんな金があれば村人たちは困ってなどいないだろうし、王が麦を配って一時はしのげても、結局、なんの問題解決にもつながりはしない。

 ———少なくとも、王様以外は、源九郎と同じ違和感を抱いているらしかった。

 セシリアは酷く慌てた様子で必死に「それではいけませんわ! 」と父親に伝えようと変な顔になって合図を送ろうとしていたし、ラウルはそんなお姫様と主君を交互に見やってハラハラとしている。珠穂は少し呆れて溜息を吐き、編み笠を目深に被ってしまい、ルーンは人間社会のことを良く知らないせいで話について来られないのかきょとんとしていた。

 フィーナは、落胆した様子だった。

 彼女はまともな教育を受けたことはなかったが、聡い少女だったから、国王の言ったことがその場しのぎにしかならず、辺境の村々の現状はなにも変わらないということが分かっているのだろう。


(……もしかして)


 ふと、源九郎は、始めてセシリアと会った時のことを思い出していた。

 王宮育ちの、世間知らず。

 ニコラウスも、そうなのかもしれない。

 善人であることは間違いないだろう。そうでなければそもそもふところを痛めて食料を民衆に配ろうなどとは言い出さないし、その表情は本気で民のことを憂いているものだった。

 ただ、想像力が欠けているのだ。

 村人たちを救うためには一時の支援ではなく、重税と過酷な労役をあらため、彼らが生活を立て直していくことのできる力を与える必要があるのだ、ということに、王様は気づいていない。

 それは、彼が、交易を経済の主軸としている国家の統治者である、ということも関係しているのかもしれなかった。

 もし、なにか足りなくなったものがあるのならば、その都度、それが余っている所から買いつければいい。

 そういう、[商業]ばかりを目にして、それが円滑に行われるようにすることを意識しているから、農村のような[生産]する現場の人々の生活が、分からないのだ。

 いったい、どう説明すれば分かってもらえるのか。

 そう途方に暮れかけていた時、大きく咳き込んで注目を集めた者がいた。

 それは、いかにも病弱そうな見た目をした男性。

 国王ニコラウスの[王兄おうけい]だった。

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