・10-15 第211話:「悪党の末路:1」
シュリュード男爵と、十名の傭兵たち。
背中に金貨の詰まった袋を背負った彼らは鉱山を出て日の光を浴びると、眩しさに目を細め、それから、今から自分たちが亡命することになる国家のある方向を眺めた。
金の採掘量が減り、新しい鉱脈を、とひたすら掘り続けた結果、隣国まで掘り抜いてしまった坑道。
その先には、黒々とした深い森と、遥か彼方に点在する田園風景が広がっている。
道は、尾根伝いにふもとまで続いていた。道といってもきちんと整備されたものではない。ただ他より少し歩きやすい尾根の上をそう呼んでいるだけに過ぎない。
左右には歩くのには少し急な角度のついた斜面と、森の木々が広がっている。そのおかげで、意図せず山脈を掘り抜いてしまったことでできたこの抜け道の存在は、それを作った鉱夫たちと、シュリュード男爵とその一味の、ごく一部の人間たちにしか知られてはいない。
そう。ほんの一握り。
シュリュードは今率いている二十名の他にも大勢の私兵を雇い入れていたのだが、逃亡するためには人数は必要最小限であるべきだという考えから、なにも教えずに大多数はケストバレーに置いて来た。
「さぁ、皆の者! アセスター王国の国王陛下に
男爵はガハハ、と笑ってみせると、自ら先頭に立って山を下っていく。
選び抜かれた傭兵たちは、大人しくその歩みに従った。
雇われただけで、心からの忠誠など誓っていない私兵たちだ。本来はいつ裏切るかわかったものではないのだが、しかし、彼らは今のところそんな気配を見せていない。
シュリュードがこの少ない人数で逃亡を図ったのは、大人数で行けば、必然的にその中には裏切りを働きやすい者も混ざってしまうからだった。
だから彼は特に信頼のおけるはずの、従順な者だけを選んでいる。
この二十人の傭兵は、少なくとも約束された報酬の支払いが続く限りは裏切るようなことはない。
少なくとも、よほど状況が悪化しない限り、率先してそうすることはないはずだった。
(ふふふ。バカな王女め。愚かな伯爵め! 今頃、谷を探し回っておるのだろうが、哀れなことよ! ワシはもう、国境を越えているというのにな! )
自分がとっくに逃げ去っていることに気づき、慌てふためいて追いかけて来ても、もう後の祭り。
この世界の[国境]というものは曖昧なところがあり、ここからは別の国、という明確な線引きがされているわけではないのだが、メイファ王国とアセスター王国の国境線はおおよそ山脈上に設定されている。
よくある、自然の障壁となる地形を利用した国境線で、すでに男爵たちは坑道を抜ける間にその線を越えている。
つまり、仮にセシリアとアルクス伯爵がこちらの逃亡先に気づいて追手を差し向けようとしても、もう、そうすることができないということだ。
もし無理に追って来ればそれは、アセスター王国の国境を侵犯したということになり、外交問題に発展する。
元々古王国から分裂し、互いに己こそが正当な後継者だと主張して、長年対立を続けてきた国同士だ。
最悪、戦争すらあり得る。
そのリスクを考えたら、追跡などできはしないだろう。
シュリュード男爵はすっかりそうタカをくくり、ぐふふ、と得意げな笑みを浮かべている。
「ふわぁ……、あ~……。やっと、おいでなすったか」
前途洋々たる逃亡者の前で、むくり、と人影が起き上がり、大あくびをしたのは、男爵たちが坑道の出口から百メートルほども進んだ時のことだった。
十メートルほど前方の岩影から姿をあらわしたのは、身長百八十センチを超える長身に、広い肩幅を持ち、筋骨たくましい引き締まった体躯を持った大男。
拷問を受けた際に破れ、血のにじんだままの羽織と袴を身にまとい、背中に刃渡り百五十センチにも及ぶ大太刀を背負った、サムライ。
———立花 源九郎であった。
「まったく。いつ逃げて来るかと、すっかり待ちくたびれちまったぜ」
目の前に立ちはだかった偉丈夫の、ボロボロの衣服を身にまとっているはずなのに他を圧する威風堂々とした風格を前にして
どうやらずっと、固い岩に持たれかかりながら待っていたらしい。
「き、貴様……っ! 姿を消した、とは聞いておったが! なぜ、ここにいる!? どうやって拘束を解いた!? どうしてワシがこの道を通ると知っている!? 」
「そりゃ、心強い助っ人に、いたく気に入られちまったからだ。拘束はその人に解いてもらったし、アンタにたっぷり痛めつけられた傷も治してもらって、ここに抜け道があるってのも、み~んな、その人に教えてもらったのさ」
我に返って問い詰めて来るシュリュード男爵に、源九郎は平然としたまま答えてやる。
「くっ……! あの、エルフめ! 奴も姿を消したと聞いていたが、ワシを裏切ったのか! 」
「違……う。裏切……った、の、は、貴方……の、方」
誰のおかげでサムライが待ち伏せることができたのかを悟った男爵は憎々し気に吐き捨てていたが、それに当の本人の言葉が帰ってきて、再び
そこには、緑髪のエルフが立っていた。ついさっき通り過ぎて来た道を、シュリュードたちの逃げ道を塞ぐように立っている。
「ま、そういうわけだ」
前後を挟まれた逃亡者たちに、源九郎はニヤリ、と不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「お前はここまでだぜ、シュリュード! さっさと諦めて、大人しくお縄につきな! 」
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