・10―12 第208話:「意外な再会:2」
なぜ、ここで、このタイミングで、源九郎の声が聞こえるのか。
そのことについてあれこれ思考を巡らせるよりも前に、さっ、と頭上に影が差す。
崖の上から、大柄な男が降って来る。
「アチョーッ!!! 」
彼はそんな奇声と共に兵士たちに襲いかかった。
徒手空拳で槍の柄を振り払ってまず珠穂を解放すると、
兵士たちは拍子抜けするほどあっさりと引っくり返って行った。それは、予想もしていなかったタイミングで奇襲を受けてしまったことと、疲労によって足腰に十分な力が入らず、踏ん張りを効かせることができなくなっていたためだ。
地面に尻もちをつかされた後も、その動きは鈍かった。
この場にいるはずのない者が突然姿を見せたことに戸惑い、思考が雲散霧消して、呆然としてしまっているからだ。
「珠穂さん、すまねぇが、ちょっくら借りるぜぇ」
そんな兵士たちの姿を不敵な笑みを浮かべながら見回した源九郎は、おもむろに、巫女の手を離れてしまっていた大太刀を拾い上げ、慣れた手つきで肩に担ぎあげていた。
「ほら、どした? 兵隊さんたち、さっさと立ちなよ」
それから、呆気に取られている追手たちを見渡し、馴れ馴れしい口調でうながす。
最初に、指揮官を務めている壮年の兵士が槍を手に取って立ち上がった。その姿を目にした他の兵士たちも、おっかなびっくり、槍を手にし直して起き上がって来る。
「おーおー、いいねぇ、いい心意気だ! 兵隊ってのは、そうでなくっちゃいけねぇよ」
すっかり囲まれ、槍の穂先を突きつけられているという状況だったが、サムライはなにが楽しいのかニヤニヤとした笑みを浮かべている。
先ほどからの言動といい、この態度といい、挑発的だ。
その様子に、兵士たちも少々カチンと来たのだろう。ムッとした表情になった彼らは姿勢を低くし、いつでも槍を突き入れることのできるかまえを取っていた。
しばし、沈黙が落ちる。
さすがに笑みを消した真剣な表情で、鋭い視線で源九郎は辺りを睨みつけ、兵士たちも険しい表情で、だが、目の前の大男からプレッシャーを感じているのか、冷や汗を流している。
肌を伝い、額、頬、あご、と伝った汗が、徐々に大きくなりながら球となり、やがて、ポトリ、と落ちた。
そして、その水滴が地面に落ちた、その、
「セィヤァァァァァァァッ!! 」
周囲を威圧する気合の声とともに、源九郎は肩に担いだ大太刀を振るっていた。
鍛え抜かれた、筋肉でガチガチになった太い腕が大きくしなり、強靭な体幹と相まって、長大な刀身が鋭い風切り音を発しながら振り抜かれる。
それは、刀の方に振り回されているものではなかった。
完全に、自身の身体の一部であるかのように、見事に振り抜かれた、一閃。
兵士たちが再び、呆気に取られる。
急に手元が軽くなったのを感じ取っておそるおそる見下ろすと、そこにあったのは、中ほどからスッパリと切断され、柄だけになった槍だった。
「ぅ、うわあァァァあっ!!? 」
兵士たちは驚愕し、恐怖し、おののいて、悲鳴をあげた。
源九郎の一振りによって、自分たちの武器はすべてその穂先を斬り落とされ、ただの棒きれになってしまっていたからだ。
「お~、さっすが、よく斬れるじゃないの! 」
すっかり腰砕けになってしまった追手たちのことなど、どこ吹く風。
その切れ味に感心して嬉しそうな顔で、サムライは珠穂の大太刀を見つめている。
彼の視線が再び向けられると、兵士たちはビクリ、と肩を震わせて、表情を青ざめさせた。
「この分なら、鎧の上からでも真っ二つにできちまいそうだなぁ……」
それは、さほど大きくはない、ただ事実だけを呟いたような言葉だった。
だが、それを口にした者の声は低く、よく通り、そして、浮かんでいる
彼らは腰に剣を差してはいたが、サムライの剣の腕前と大太刀の切れ味に肝を冷やしたのだろう。
これまでの疲労もあるし、なにより、情けない
「おう、それが正解だぜ、兵隊さんよ」
相手をビビらせるための演技を終え、ほっとした顔になった源九郎はそう言うと、周囲から敵の姿が完全に消え去るまで油断なく監視した後、自身の足元で
「おっ、おっ、おっ、お主……、源九郎!? な、なぜ、こんなところに!? シュリュード男爵に、捕まったのではなかったのか!? 」
「ああ、捕まっちまったさ。ついでに、けっこう酷い拷問もされたぜ」
「な、なら、なんで!? どうして、わらわたちを助けに来ることができたのじゃ!? 」
珠穂は驚きの余りなのか彼女らしくもなく作法も忘れて人差し指を突きつけ、矢継ぎ早に問い詰めて来る。
サムライは、まともに答えはしなかった。
うまく説明するには時間がかかりそうだったし、今はとにかく、巫女とアカギツネを安全な場所まで連れて行くことが先決だと思ったからだ。
「珠穂さん。ちょっと、失礼するぜ」
一応そう断りを入れてからしゃがみこむと、源九郎は大太刀を手にしたまま器用に珠穂の身体の下に腕を差し込み、ひょい、と、その身体を持ち上げる。
片手には大太刀を担ぎ、もう片方の手には、まるで子供のように巫女を抱き上げている。
小柄とはいえ、成長期を終えた十八歳の女性。片手でその体重を支えるのはなかなかできることではないはずだったが、鍛え上げられた大男の腕力がそれを可能としていた。
「……んなっ!? ぶ、無礼者っ! お主、放せ! 放さぬか―っ! 」
「っと、暴れんなって」
自身の置かれた状態を認識した珠穂は頬を赤らめ、ジタバタと暴れ出す。
しかし、
「説明は後でしてやるさ! 今はとにかく、安全な場所まで逃げねーと! 小夜風も、疲れているんだろうがちゃんとついて来いよ! 」
どうやらあがいても無駄なようだと悟った珠穂は、間近にある男の顔から視線を逸らし、せめてもの反発として編み笠を目深に被って自身の顔を隠すようにする。
「ははっ! 珠穂さんは軽いなぁ! 」
その仕草で彼女にも愛らしさに気づいて微笑むと、源九郎は走る速度をあげ、
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