・10-8 第204話:「ゆけ! お嬢様! :2」
自分たちはちゃんと、目的地に向かうことができているのか、いないのか。
なんの確信も持つことができないまま、セシリアはフィーナを背負ったまま歩き続ける。
幸い、この辺りは田園地帯で人の手の入っている場所だったから、道がある。
舗装もされておらず、地形に沿って曲がりくねった、獣道に毛が生えた程度の小道だったが、それでも誰かが日頃からそこを通行しているという事実があるだけで、頼もしく思えて来る。
どうやらここまで来ると、シュリュード男爵の追手たちの姿も少なくなってきた様子だった。
捜索範囲が広くなりすぎて人手が分散してしまったのか。それとも、ケストバレーの行政区分の管轄から外れる地域になってしまったから、軽々しく手を出せないのか。
珠穂と小夜風の囮が功を奏した、という可能性もあった。
心配だ。
シュリュード男爵が差し向けた兵士たちに捕まってしまっているのではないか。
それだけならまだ良い。
傷つけられたり、命を奪われたりしてしまってはいないだろうか。
———セシリアはあらためて、自身の無力さと、愚かさとを自覚していた。
あの時、自分が慎重に言葉を選んでいれば、シュリュード男爵に反逆を成功させる芽があると思わせずに済んだかもしれない。そうすれば、こんな事態には陥らずに済んだのだ。
そんな後悔が、とめどなく
だが、今さらだ。
今さらなのだ。
起こってしまった出来事は変わらない。
できるのは、未来を少しでも良いものにするために必死に抗い続けることだけ。
背負ったフィーナが、居心地が悪そうにわずかに身じろぎをする。
大人しく背負われてはいるものの、やはり、自分が負担になっているのではないかと、不安なのだろう。
それでも元村娘は、あらためて、自分を置いて行ってくれ、などとは言わなかった。
そんなことを言ったところで、お姫様の意志が変わることはないと分かっているからだ。
セシリアはフィーナを支えるために背後に回した腕にしっかりと力を込め、重く、痛む足を引きずりながらも、前へと進み続けている。
途中、何度か休憩を挟みはした。
なかなかペースがあがらず、もどかしいが、しかし、決して潰れてはならない、くじけることがあってはならないという思いが、わずかばかりの冷静さを生み出し、無茶を通すことと堅実さのバランスを辛うじて均衡させている。
自分に、こんなことができたのか。
正直なところ、セシリアにとっても驚きであった。
なぜなら彼女は、これまでこれほどの重荷を背負ったことはなかったし、こんな風に何時間も歩き続けたこともなかったからだ。
いつも長距離の外出をする時には、乗り心地の良い馬車が用意されていた。
荷物を持つための使用人が常にいてくれたし、自分で望んでも重いものは持たせてもらえなかったほどなのだ。
背中に感じる、ずっしりとした重みと、体温。
しかしセシリアは、もう弱音を吐いたり、心をくじけさせたりすることはなかった。
自分は、王女で、王女とは何をするべき者なのか。
この旅を経てそれを理解した今、たった一人の少女の、大切な仲間の重みなど、なにほどのことがあるものか、と思う。
この国に暮らす大勢の人々。
それを自分は背負って行かねばならないのだということに、お姫様は気づいたのだ。
たとえもう一歩も動けなくなって、力尽きるのだとしても。
決して自らの意志では、この重みを手放すことはしない。
そんな強い思いが、
———いったいどれほどの間、この、曲がりくねって歩きにくい小道を進み続けたことだろうか。
やがて二人は、石畳で舗装された大きな道にたどり着いていた。
交易を国家の経済の柱としているメイファ王国がその国力を注ぎ込み、整備、維持して来た、他国にはこれほどのものはそうそうないだろうと密かに自慢に思っている街道。
長い年月の間に通行する馬車の
セシリアはその道の両脇に旅人の日差し除けのために植えられた街路樹が黒々としたシルエットをずらりと並べているのを見上げ、それからぎゅっ、と唇を左右に引き結んで、歯を食いしばっていた。
絶対にくじけまいと、そう思っていたのに、ガックリと膝が折れそうになってしまったのだ。
ここまで来た。
後は、この街道を北に向かって進んで行けば、アルクス伯爵の城館へとたどり着くことができる。
そう思ったら安心して、気が抜けそうになってしまった。
「おねーさん、大丈夫だっぺか? 少し、やすむっぺか? 」
「……いいえ。
膝が折れそうになった気配を察し、フィーナが気づかってたずねて来るが、セシリアは再び顔をあげるとはっきりとした口調で宣言する。
「ここまで来たら、後は迷わず、アルクス伯爵のところにつけるのです。……こんなところで、休んでなどいられません。一気に、行きますわよっ! 」
そう言って自分を鼓舞し、お姫様は針路を北に取り、街道に沿って歩き始めた。
もう食べ物も、水も残ってはいない。
少しでも負担を減らそうとフィーナに頼んで、持ってきていた荷物の内、すぐに必要にならなさそうなものを見繕ってもらい、ポイポイ、と捨てながら、とにかく進んでいく。
だが、ちっとも軽くなったような気がしない。
「フフッ! なんだかずいぶん、軽くなった気がしますわ! 」
それでも強がってそう笑い飛ばし、いつの間にかすっかりたくましくなったお姫様は、前だけを見つめ、足を動かし続けた。
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