・10-5 第201話:「二人:2」

 星座を見つけることで、おおよその方角を把握する。

 地球にも同様の手法が存在したが、この世界においてもその原理は通用する様子だった。

 もちろん、見つけるべき星座の形、それを構成する星々の色合いは、まったく異なっている。

 おおよその方角を割り出した二人は、ずっと、北東に向かって進み始めた。

 夜。辺りは暗く沈んだ森。

 足元は悪く進みにくいし、月明かり、星明りを遮る木々の葉が茂っているせいで見通しも効かない。

 ホー、ホー、とどこかから聞こえてくるふくろうの鳴き声が酷く不気味だ。

 すぐそこにある闇の中で、獰猛な肉食獣や怪物が待ち受けているのではないかとさえ思える。


「ホントは、夜の森の中に入っちゃ、いけねぇんだけんど……」


 住んでいた村で育ての親であった長老や他の大人たちから散々注意されたこと、寝物語に聞かされた森に住む狼や悪い魔法使いの話を思い出したのか、フィーナが周囲をきょろきょろしながら心細そうな声をらす。

 二人とも、身を守る術を持っていなかった。

 まともな武器がないし、たとえ持っていたとしても、使い方を知らない。

 シュリュード男爵の手下に見つからずに進むことができたとしても、野生動物に襲われでもしたらどうしようもなかった。

 こんな夜に森の中を歩き回ることなど、常識的に言えば自殺行為だ。

 昼間でさえ深い森に入るには相応の準備が必要だというのに、隠れながら進むために火を持ち歩くこともできずに、手探りで進んで行かなければならないとは。

 せめて武器になりそうなものだけでも、と、二人の少女はそれぞれ、頑丈そうな木の枝を拾って手に持っている。

 そんなものでもないよりはマシ。むしろ、それがなかったら立ち往生してしまいそうなほどだった。


「でも、進むしかありませんわ!


 セシリアは、ずんずん、進んでいく。

 邪魔になる茂みを枝で切り開き、できるだけ早く、だが、足首に怪我をしているフィーナがついてくることのできるペースで、ひたすらに。

 なんというか、今の彼女はパワフルに思えた。

 贋金事件を解決し、シュリュード男爵に然るべき裁きを加えるために、今、できることをする。

 最善を尽くす。

 その覚悟が定まったおかげなのだろう。

 あるいは、王族として育てられたお姫様は、元村娘とは違って夜の森の恐ろしさを教わっていないというだけなのかもしれない。そこに怖いモノがあると知らないからこそ平気な顔をしていられるのだ。

 先陣をきって進んでいくその後ろ姿は、美しい金髪が夜でもぼんやりと光を放っているように浮かび上がって見えているおかげで、追いかけるのに苦労は必要なかった。

 ふと、そんな背中が立ち止まる。


「フィーナ、そろそろまた、星座を探して下さるかしら? 」

「う、うん。わかっただ」


 森の中を進み続けるのは大変だった。

 こうして少し開けた場所に出ると立ち止まって、方角を再確認し、針路を修正する。

 普通に街道を進んでいく場合の、何分の一かくらいしかない遅いペースでしか進むことができない。

 しかも、今は追われている身だ。

 遠くの方に山狩りをしていると思われる兵士たちがかかげている松明の明かりを見かけるたび、それが現実であるにしろ、幻覚であったのにしろ、立ち止まって息を潜め、安全を確かめなければならなかった。

 時折、誰かが戦っているような音も聞こえてくる。狐火の青白い炎も見えた気がする。

 おそらく、囮役を買って出た珠穂と小夜風が、兵士たちを引きつけるために奮闘しているのだろう。一度、明らかに兵士たちの松明がこちらに向かってくる、という場面もあったのだが、珠穂たちの方に気を取られたのか、慌ただしく進む方向を変えて去っていく、ということがあった。

 森中が、危険に満ちている。

 だが、多くの人間が同時に森に入っているのは、良い面もあった。

 獰猛どうもうな肉食獣たちも兵士の存在を警戒し、巣穴に引っ込んでくれたらしく、少女たちは襲われずに済んだからだ。

 ———不意に、森が大きく開ける。

 月明かりの下でぼんやりと見えるのは、木で作られた粗末な柵。そして辺り一面に生えているらしい、単一の植物。

 人工的な景観。おそらく、麦畑かなにかだろう。

 その光景を目にした瞬間、二人はほっとしてお互いに視線を交わし、喜びを分け合った。

 本当に目的の場所に向かって進むことができているのかどうか定かではなかったが、完全な自然の中から、人間の手の及んだ場所、その生活圏までたどり着くことができたのだと思うと、ずいぶん頼もしい気持ちになって来る。

 少なくとも、野生動物に襲われる確率はグッと小さくなるし、景色が変わったということは、自分たちがちゃんと進むことができていると確かめることができるからだ。

 ただ、視界が開けたということは、こちらを追跡してきているはずの男爵の手下たちからも見つかりやすくなった、ということだった。

 実際、遠くの方で松明の列が揺れている。

 追手がここまで来ていることの証だった。


「いったん、休憩しましょう。……あそこに小屋があるみたいですわ。ここがどこなのかも、できれば調べたいですし」

「ん、そうするっぺ」


 ここまではうまく逃げ延びて来ることができたが、まだまだ先は長い。

 一度息を整え、行動計画を練るための時間を持っておきたかった。

 田園の中で目に入った建物らしいシルエットへと向かうと、思った通りそれは、小さな小屋だった。

 農作業を行う際にちょっとした休憩などに使うためのものだ。家と呼ぶにはあまりにも小さく、壁も申し訳程度にあるだけで、扉もない。ただ、屋根だけはしっかりと作られているらしかった。

 様子をうかがってみたが人の気配はなく、ひとまず落ち着くことはできそうな場所だ。


「ここまでは、なんとかなりましたわね。フィーナのおかげで、助かりましたわ」

「ん。おねーさんも、ここまでおらの荷物を持ってくれて、ありがとーだべ」


 森の中をどれほど歩き続けたのかはわからなかったが、ずっと不安の消えない中を進んできたために、二人とも自分で自覚している以上に消耗してしまっていた。

 小屋の屋根の下に入り込み、敷いてあったわらの上にそれぞれ座り込むと、二人はようやくほっとした表情を見せ、そして、これまでの互いの頑張りを認め合った。

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