:第10章 「贋金事件・解決編」
・10-1 第197話:「三人と一匹:1」
源九郎がルーンにとても気に入られた頃から、時間は少しさかのぼる。
「振り返るなっ! 走り続けよ! 」
「けれども、巫女さま! おさむれーさまがっ! 」
「わらわたちが戻ったところで、なにもできはせぬ! あ奴がなんのために
「……っ! 」
振り返らないまま浴びせられる珠穂の叱責に、元村娘の少女、フィーナは悔しそうに顔を歪めたが、足を止めずに必死に走り続ける。
———ふらりと
「
気配でその行動に気づいた巫女が、振り返って鋭く叫ぶ。
すると最後尾を駆けてきていたアカギツネ、善狐の小夜風が素早くお姫様に駆けよって、その後ろ髪を引っ張った。
「いたたたっ、痛い! 痛いですわっ!!! 」
髪を乱暴に扱われたセシリアは悲鳴をあげ、たまらずまた
多数の毛根を一度に引っ張られるのは、かなりの痛みを伴う。だからこうされると、簡単には逆らえなくなるのだ。
「お主、変な気を起こすでない! 」
再び前を向いた珠穂が、呆れと怒りの入り混じった口調で説教する。
「セシリア、そなたは王女なのであろう!? 王族ならば、それ相応の責任というモノがある。そして今は、なんとしてでも生き延びることがそなたの役割なのじゃ! 」
「で、ですがっ! 源九郎がっ!!!
「ああ、お主が
そんな悪人に捕らわれてしまった源九郎が、いったいどうなるのか。
心配で、不安で、そして自分がしゃべり過ぎてしまったことでこうなったということに責任を感じずにはいられないセシリアは、自身の歯を今までに出したことのないほどの力で噛みしめていた。
三人と一匹の逃亡者。
彼女たちはシュリュード男爵の包囲網を抜け出すと、先に珠穂が見つけていた城壁の抜け穴から街の外に脱出してきていた。
谷が敵軍に包囲された際に、少数の兵を出撃させて奇襲をしかけたり、城外の味方と連絡を取り合ったりするために設置された隠し道。城壁の目立たない場所に作られた、一人の騎兵が通り抜けることのできるギリギリの大きさで作られた通路。
おそらく普段ならば警備の兵士が常駐しているはずの場所だったが、谷中を巻き込んだボヤ騒ぎのためか見張りは持ち場を離れており、そこから彼女たちは逃げ出すことが出来た。
「とにかく、走れ! 走るのじゃ! 騎兵が出てきたら、一網打尽にされてしまうぞ! 」
こんな時でも編み笠を目深に被ったままの珠穂は、脇目もふらずに森の中を駆けていく。
メイファ王国にとって重要な金山、そして貨幣の鋳造所がおかれていたケストバレーには、数千もの兵士たちが常駐していた。その中には騎兵の姿もあることは、これまでの調査で把握している。
そして彼らはシュリュード男爵が王国を裏切っていたという事実をまだ知らないから、その命令に従っている。
人間が自分の足で走るのと、馬に乗って走るの。
どちらが速いかなど、議論するまでもないことだ。
幸い、まだ騎兵は追って来てはいない様子だった。耳を澄ませてみるが、馬蹄の音も馬のいななく声も響いては来ず、自分たちの走る足音だけが聞こえている。
おそらく、火事騒ぎで城外に逃げ出そうと大勢の民衆が城門の付近に殺到してきていたから、まだ城内からまともに出動することが出来ていないのだろう。もしくは、混乱のためにシュリュード男爵からの命令が届かず、初動が遅れているか。
(なんにせよ、今の内、ということじゃ! しかし、その後は……)
珠穂は内心で、厄介なことになった、とこんな状況に陥っていることに不愉快な気持ちになっていたが、それでも必死に頭を巡らせる。
このにわか作りのパーティのリーダーであった犬頭の獣人、ラウルは行方不明。
戦闘面では間違いなく頼りにできるし、年長者としての責任感も持ち合わせていたサムライ、源九郎は敵に捕まってしまった。
残っているのは自分と、相棒の小夜風。そして元村娘とお姫様。
はっきり言ってしまえば、自分と善狐以外は、足手まといだ。
フィーナはなかなか根性もあるし聞き分けもいいが、まだ幼さの残る少女に過ぎない。セシリアは世間知らずな上に、しでかしてしまった失敗のせいで動揺し、どんな行動をするかまるで予想がつかないと来ている。
珠穂と小夜風だけであれば、この状況から抜け出すことは容易だろう。
巫女からすれば、このパーティは、騙されたために失ってしまった旅費を稼ぐために止むを得ず加わったものに過ぎない。気前の良い報酬に目が眩んで咄嗟に同意してしまっただけで、あくまでビジネスライクな関係。
何の思い入れもなく、見捨てることになんの
———その、はずなのに。
(まったく! 我ながら、面倒なことに関わってしまったものじゃ! )
珠穂は自分たちだけで逃げるという選択肢を捨てていた。
前金として受け取った他の、残りの報酬が惜しい、という理由もあったが、なにより、一時の関係に過ぎないはずだったパーティに、情が移って来てしまっているからだ。
そうならないように。適度に距離を置いてきたつもりだったし、自分のこともできるだけ話さないようにしてきた。
しかし、毎日同じ鍋で煮炊きされたスープを口にし、一緒になって歩いているうちに、いつの間にか居心地の良さを感じるようになっていたのだ。
そして、なにより。
あのサムライの生き方に、影響されている。
彼もまた、今回の事件には巻き込まれただけに過ぎないはずだった。それなのに、源九郎は思い入れのないはずの[仲間]のために命を懸けた。
それは、彼が被保護者だと感じているフィーナを守るため、という目的のためだろう。
そう思いはするものの、一方で珠穂は、サムライが[守る]と決めた存在の中には、自分と小夜風も含まれているような気がして仕方がなく、そのことが魚の小骨のように引っかかって、さっさと[一抜け]するという選択をしようという気持ちにさせてくれない。
「気を張れ! もう少しで、洞窟に隠れられる! 」
息を切らして走る二人の少女。
珠穂は自身も呼吸を荒くしながらそう言って二人を励まし、必死に導き続けた。
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