・9―6 第194話:「鍛冶師見習い:3」
エルフの鍛冶師見習い、ルーンによってかけられていた魔法を解かれると、源九郎は問われるままに日本刀の作り方について、知っている限りのことを答えて行った。
日本刀は基本的に、二種類の鋼を用いる。
ひとつは硬度の高い、切れ味の鋭くなる鋼。もうひとつは衝撃などに対する耐久力を持たせるための、粘り強い鋼。
これを、とにかく鍛える。
何度も何度もハンマーを振るい、細長く引き伸ばしては折り重ね、またハンマーで叩く。
そうすることで異なる鋼が微細な無数の層を形作る。これをさらに加工し、日本刀としての形状に整え、焼き入れ、焼きなましを加える。
異なる性質の鋼の層を幾重にも持つことで日本刀には鋭い切れ味と、その細さ、薄さの割に折れにくい強靭さが生まれる。
もっとも、この「多くの層を作る」という工程は、元々は不純物の多かった鋼をなんとか高純度で強いものにしようと鍛冶師たちが手間暇をかけて工夫し、ハンマーを叩きつけることで不純物を飛ばそうと試みた結果だ、という説もあり、実際に何層も層を積み重ねる工程を省き、異なる鋼を様々な形で組み合わせるだけで作った日本刀、というものも存在しているらしい。
ここまでが、いわゆる鍛冶師の領分だ。
そこから先には、刃を研ぎ澄まし物体を断ち切る刀としての命を吹き込むことを専門にする研ぎ師の仕事で、研ぎが終われば次は
日本刀と言っても、ピンからキリまである。いわゆる「なまくら」と呼ばれる刀も存在し、そうしたものは切れ味も鈍く、折れやすい。
だが、「
少し残酷な話になるが、江戸時代には貴人に献上するための刀の切れ味を確かめる専門家というものも存在し、彼らの手によって「五人斬り」「十人斬り」といった記録も残されている。これは、死罪となった罪人の身体を使って実際に試し切りを行った結果であり、少なくともそれだけ斬れる刀が存在した、ということを示している。
鉄砲切り、といった名で呼ばれた刀も存在する。戦国期の合戦で、敵兵の持った鉄砲ごと相手を切り捨てた、ということからついた名とされているものだ。
こうした逸話を持つ刀剣は、世界的に見ても珍しいものであった。
これは、日本では十九世紀に至るまで長く武士の時代、日本刀が彼らの身分を示す象徴としてその製造方法が残り、文化として継承されたためで、西欧を始め他の地域で切れ味の鋭い刀剣が作られなかった、あるいは作れなかった、というわけでは決してない。
それでも、日本刀という一種の刀が数々の伝説的な逸話を残し、後世ではその見た目の優美さから芸術品と見なされるまでなったのは、動かしがたい事実だ。
———源九郎はできる限り、熱心に刀のことを教えた。
それはラウルの行方を教えてもらいたいという動機だったが、日本刀というモノについてより詳しく知ってもらいたいという、[推し活]という面もあってのことだ。
そしてその話を、ルーンは飽きることなく、終始興味深そうに聞いていた。
「ん……。よく、わかっ……た。ニホン……トウ、やっぱり、面白……い」
覚えていることを大体すべて話し終えたことを告げると、エルフの鍛冶師見習いは感心した様子でしきりに何度もうなずく。
「じゃ、じゃァさ、ラウルの居場所、教えてくれるか!? 俺の仲間なんだ! 無事かどうかだけでも、知りたい! 」
「王都……に、送っ……た」
しゃべり過ぎたのと拷問による傷からの出血で喉がカラカラだったが、かすれた声で必死にたずねる源九郎に、すっかり満足したらしいルーンはあっさりとした口調で返答する。
「おうと!? ……えっ、王都!? 」
一瞬意味が分からず、きょとんとしたサムライだったが、内容を理解するとさらに困惑して
「王都に送ったって……、え? どうやってだ? 何百キロも先だぞ……? 」
「転移……、魔法。毛むくじゃら、さん、一人……な、ら、簡単」
そんなことはできて当然。いったい何を不思議がっているのか? と
そんな彼女の顔をしばらく眺めていた源九郎だったが、突然、吹き出すように笑い始めていた。
「ふっ……、くっ! ぷっはははは! なんだよ、アイツ、先に一人だけ王都に帰りやがってたのか! ったく、心配させやがってよ……っ」
それから彼は、ゲホ、ゴホ、とむせる。
「はい……、お水」
するとすかさず、懐から革袋の水筒を取り出したルーンが、話をしてくれたお礼とばかりに水を飲ませてくれた。
「ふぅ……。サンキューな」
喉が潤うと、すっかり人心地がついた気分になって、サムライは屈託のない笑顔を向ける。
そんな彼のことをしばらく眺めていた鍛冶師見習いだったが、なにかに気づいた様子で唐突にぽん、と手を打った。
「あなた、も……、逃がし、て、欲し……い? 」
「あん? なんだって? 」
「だか、ら……。毛むくじゃら、さん、と……、同じ、よう……に、わたし、が……、あなた、を、助け、て……、あげ、よう、か? 」
助けてくれると言っても、いったいどうやって?
源九郎はいぶかしみながら何度かまばたきをしていたが、すぐに、ルーンにとってはそんなことは容易いのだと理解していた。
彼女は鍛冶師見習いを自認しているが、エルフ。
強力な魔法の力を持ち合わせている。
ラウルを一瞬で王都へ転移させたように、源九郎をこの拷問部屋から連れ出し、一気に王都まで移動させることなど、簡単にできるのだろう。
それは、願ってもない話だった。
だがサムライは、そうすることはできないと思い直す。
自分が助かっただけでは、意味がないのだ。
フィーナを守る。そう約束した。
そして、セシリアも守ると、そう約束してもいる。
もちろん、珠穂のことだって心配だ。彼女のことだからなんとか切り抜けて城外に逃げ出しているのだろうが、幼い元村娘と世間知らずなお姫様を抱えて、さぞ苦労していることだろう。
だから、自分だけが王都に戻ることはできない。
もし助けてくれるのなら、このままフィーナたちのところへ向かわせて欲しい。そしてできれば、ルーンにも手助けをして欲しい。
そう考えをまとめ、答えようと口を開きかけた時。
エルフはまた、源九郎が想像もしていなかったことを言った。
「それ……と、も……。元……の、世界、に……、戻り、た、い? 」
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