・9-5 第193話:「鍛冶師見習い:2」

「な、なぁ、あんた! 犬頭の、毛むくじゃらって……、ラウルのことだよな!? ラウルが、アイツがどうなったか、知ってるのか? 」

「毛むくじゃら、さん……、の、こと……? あの子、なら、行きた、がって……た、場所、に……、送って……、あげた、け、ど? 」

「い、行きたがってた場所……? それって、どこなんだ? 」


 源九郎にとっては行方不明なままの獣人、ラウル。

 その行き先を知りたいと前のめりになってたずねると、エルフの鍛冶師見習い、ルーンは、ぷくっと頬を膨らませる。

 なにやらご不満がある様子だ。


「不公、平……。あなた……、私、の、質問……に、答え、て、くれな、い。……もしか、し、て……、人間、って……、みん、な、そう、な、の? 」

「そんなこと言わずに、頼む! ラウルの行き先をんぐっ!? 」


 仲間は無事なのかどうか。そのことをどうしても知りたい。

 サムライは重ねて問いかけようとしたが、途中で言葉を詰まらせていた。


「まだ、私……の、はな、し……、終わって……、ない」


 自分の質問にまるで答えず、一方的にたずねて来ることにいら立ったのだろう。

 ルーンは源九郎に向かって右手を向けると、なにかモノをつまむように親指と人差し指を重ねる。

 その瞬間、まるで「お口にチャック」でもされたかのように唇が塞がれ、それ以上声を出すことが出来なくなってしまっていた。


(こ、これが、魔法……、って奴なのか? )


 これまで四十年以上も生きてきたが、超常現象とか超能力といったものは信じてこなかった。

 しかし、こうして実際に、触れられもしていないのに口を無理やり閉じさせられると、その実在を信じざるを得ない。


「人間……、みん、な……、ずる、い。男爵……、手伝って……、くれ、た、ら、谷、の……、鍛冶師、紹介……して、くれるって、言った……の、に。全然……、紹介、して……、くれ、な、い。おか、げ……で、少、し……も、修行、できて……、な、い」


 魔法の力で一方的に発言を封じた後、ルーンは少し怒っている様子でそうぼやいた。

 鍛冶師見習い。

 彼女は自身をそう名乗った。

 日本刀をうっとりと眺める様子を見れば、説明されずとも理解することが出来る。このエルフは本気で鍛冶の技術を学び、自身の手で刀剣を製造したいと考えているのだろう。

 口ぶりから察するに、このケストバレーを訪れたのも、ここに数多く集まっているドワーフの名工たちに師事して、その技術を学びたかったからなのだろう。

 しかし彼女は、シュリュード男爵に騙され、いいように利用されてしまったのに違いない。

 このケストバレーの統治者である男爵から、「手助けしてくれれば、最高の鍛冶師を紹介しよう」とでも約束されたのだろう。

 そしてそれを、人間たちの社会に疎いルーンは簡単に信じ込んでしまった。

 贋金を作ることが悪事である、ということも知らないまま、自分の目的のために言われるがまま、偽プリーム金貨の製造に加担して来たのだ。

 ———ルーン自身は、悪人ではないのだろう。

 だが、あまりにも[常識]が違い過ぎて、いろいろと話がズレて大変そうな相手だった。


「この……、剣、少し……、おか、し、い……。とても、よく、できて……、る。で、も、火の入れ方……、上手、じゃ、な、い……。鉄……の、結晶、うま、く……、つなが、って、な……い」


 強制的に沈黙させられてしまった源九郎が、さて、どうやってラウルのことを聞き出そうかと悩んでいると、エルフの鍛冶師見習いは折れた刀の断面を観察しながら、不思議そうに首を傾げる。


「最初、は……、こう、じゃ、なか、った……、はず。誰、か、が……、後、で、手を……加え、た……? 」

(そ、そういうことだったのか!! )


 その言葉に、源九郎は衝撃を受けていた。

 なぜ、自身の刀が折れてしまったのか。

 その理由が分かったのだ。

 ルーンは刀の断面を見て、鉄の結晶構造がおかしい、うまくつながっていない、というようなことを言っていた。

 人間や他の種族の目では見えないものが、エルフだからといって見えるのかどうかは分からなかったが、彼女の見解を総合すると、火の入れ方、つまりは熱の加え方に問題があったということらしい。

 鉄というのは、そこに含まれる成分によって様々に性質を変化させる。たとえばわずかに炭素を含有させることで、鉄だけの塊よりもより強靭な鋼となる。

 性質の変化は、熱の加え方によっても起こることだった。源九郎は鍛冶の道には詳しくはなかったが、刀を扱う者として最低限の知識はあった方がいいだろうと令和の時代の日本で鍛冶師をしている人々に師事したことがあるのだが、その時に熱の大切さを学んでいた。

 鋼を加工するためには高温が必要であったが、いざ、打ち終わって形が出来上がっても、それで熱を入れる必要がなくなるわけではない。

 焼き入れと言って、完成した刀にもう一度熱を加える工程が存在する。高温まで熱し、水に漬けることで急速に冷却する。こうすることで鋼の結晶構造に変化が生じ、より硬度が増して切れ味の鋭い刀とすることが出来るのだ。

 ———だがこの工程は、非常に塩梅あんばいが難しいものであった。

 ただ[硬く]しただけの鋼は、その本来の強靭さを十分に発揮することが出来ずに、脆い。

 折れやすいのだ。

 刀鍛冶の逸話の中に、弟子の刀の打ち方の誤りを指摘するために、師匠が弟子の打った刀を何本もまとめて叩き折った、というものがあったが、これは、弟子が刀の切れ味を重視するがあまり、焼き入れで硬くしただけの、もろい刀ばかりを作っていたためだ。

 そんな刀では、何人かを斬ることはできても戦いの最後まで使うことが出来ず、自身の身を守ることはできない。

 おそらく、源九郎の刀もそういう、脆い状態になっていたのだろう。

 焼き入れを行って脆くなった鋼にその強靭さを取り戻させるには、[焼きなまし]という工程をさらにつけ加えなければならない。

 焼きなましというのは、焼き入れに用いるほどの高温ではなく、それよりもずっと低い温度の熱を加え、うまく調整しながら熱を抜いていく技法だ。そうすることで鋼鉄の結晶構造が変化し、切れ味を高めてくれる高い硬度を維持したまま、衝撃を受けても折れにくい強靭さを取り戻させることができるのだ。

 サムライの刀を修理したドワーフの鍛冶師は、焼きなましという技法についての知見が乏しかったのだろう。なまじ日本刀というモノを扱った経験があるからその切れ味の鋭さが強く印象に残っており、焼き入れをしっかりと行ったが、焼きなましをしなければならないということに思い至らなかったがために、出来上がったのは「よく切れるが、脆い刀」になってしまっていたのだ。


「私、知り……、た、い。だか、ら……、教え……て? 」


 あらためて問いかけて来るルーンに、源九郎は何度も、うんうんとうなずいてみせていた。

 今は彼女を満足させる以外に、話を進める方法はなさそうだったからだ。

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