・9-2 第190話:「捕らわれのサムライ:2」

 源九郎に対する、[取り調べ]という名の拷問。

 それは、多分に[私刑リンチ]という意味合いを含んだものだった。

 ———サムライは、公衆の面前でシュリュード男爵を何度も挑発した。

 部下に頭ごなしに命じるばかりで自身はなんの危険も負担しようとせず、安全な場所で傲然ごうぜんとしている。

 そんな醜悪な態度を指摘され、大勢の前でシュリュードはその本性を明らかにされてしまった。

 男爵はこれまで、[有能]という評判によって出世してきた人物だ。

 それは様々な不法な手段、横領と癒着、賄賂、裏工作によって作り出された虚像ではあったが、表面的にはそう信じられていたし、実際、ケストバレーの行政官として赴任して来た彼のことを民衆は特に悪くは考えていなかった。

 鉱山での採掘業務が休止されるという事態にはなったものの、鉱夫たちには以前と変わらない給料が支払われ続けていたし、谷に集まった職人たちの工房は繁盛し続け、市場は商人と物資でいっぱいで、賑やかで活気もあった。

 治安もまずまず、良好に維持されていた。それは男爵が自身の行っている悪事の秘密を守るために監視を徹底していたから、という理由もあるのだが、そんな裏事情を知らない人々からすれば、「新しい行政官様は、きちんと仕事をしてくださる方だ」というとらえ方になる。

 だが、源九郎はその肯定的な評判が、偽りであることを暴露してしまったのだ。

 人々には、シュリュード男爵が本当に贋金作りをしていたのかどうかを知る術はない。

 しかし、兵士たちの背中にコソコソと隠れ、自身では決して前に出て戦おうとしないという醜態は、皆が目撃してしまっていた。

 きっと、多くの人々が男爵に幻滅し、その傲慢ごうまんで不誠実な態度に呆れたことだろう。

 そしてそういった態度から、もしかすると本当に不法行為が行われているのではないかと、疑う者も出てきているはずだ。

 元々採掘量が減っていたとはいえ、突如として閉山された鉱山。

 給料が変わらず支払われ続けているから、鉱夫たちはいぶかしみつつも[長い休暇]として日々を楽しんでいたのだが、なにも生産していないのに対価だけが得られるという状況はどう考えても異常なものだった。

 自分たちが手にして、得ていた給料は、いったいどこで、誰が稼いでいるのか。

 そのカラクリは、あの旅の者たちが糾弾きゅうだんしていた通り、男爵が贋金作りを行っているからなのではないのだろうか。

 そう考えた時、ゾッとした者は多かっただろう。

 自分が知らず知らずのうちに、違法行為の巻き添えとなってしまっていたのだから。

 もし本当に悪事が行われていたのなら、自分たちも罪に連座させられてしまうかもしれない。

 人々はそう思い、不安を覚えずにはいられなかったはずだ。

 いまや、シュリュード男爵の評判は地に落ちている。

 惰弱だじゃく傲岸ごうがんな、まったく尊敬も信用もできない性格。

 そしてなにより、谷の皆をだまして悪事を続けていたかもしれないという疑惑。

 男爵はさぞや、居心地の悪いことだろう。

 自身が雇い入れている傭兵たちはともかくとして、これまで素直に従ってくれていた部下や、街の住人たちからは侮蔑ぶべつと不審の眼差しを向けられている。

 どうせ見切りをつけていずこかへと逃亡するつもりであったのにしろ、公衆の面前で自身の本性を暴き出した源九郎に対しては、根深い恨みがある。


「吐け! あの小娘どもの逃げた先を! さぁ、言え! 言えば楽に終わらせてやるぞ!? 」


 最初は連れて来た拷問官に任せて、自身はニタニタとした嫌みったらしい笑みを浮かべながら悠然と見守っていた男爵だったが、いつしか、彼自身の手でむちを振るい始めていた。

 私刑リンチが始められてから、いったい、どれほどの時間が経ったことだろうか。

 すでに源九郎の身体には、無事なところが存在していなかった。

 全身くまなくむちと棒で叩きすえられ、身に着けていた衣服はズタボロに引き裂かれていた。布のなくなったところから覗く皮膚にはあちこちに青あざができ、赤く腫れあがった肉が痛々しい姿をさらしている。裂けた皮から血が滲み出て滴り落ち、残った服の部分を重くらしていた。

 ———それでもサムライは、一言も、なにも話さなかった。

 セシリアが、この国のお姫様が、いったいどこへ逃げるのか。

 おそらく、事前に決めていた通り、彼女たちは街道から少し外れた場所にある洞窟どうくつに集合していることだろう。

 途方に暮れているのに違いない。

 殿を務めた源九郎が捕らわれてしまっただけではなく、男爵は追手を放ち、必死に捜索を行わせているからだ。


(ラウルの野郎と、合流できていればいいんだが……)


 サムライにとっては行方不明のままである犬頭の獣人がセシリアたちと合流し、うまく善後策を見つけ出し、なによりも無事に逃げ出してくれることを願いながら、彼は口元に笑みを浮かべていた。

 自分を痛めつけることに必死になっているシュリュード男爵のことが滑稽だったからだ。


「貴様ッ! 何を笑っている!? 」


 その様子に激高した男爵は頂点に達した怒りに任せ、むちではなく固い木の棒で思いきり囚人の肉体を殴打した。

 バチン! と激しい音が響くのと同時に、源九郎は強烈な痛みと共に、自身の身体の中で骨の一部が砕かれた感触を覚える。

 もちろん、うめき声などあげない。

 なぜならその方がより男爵を激しく怒らせることができ、「面白い」からだ。

 サムライは、奇妙なことにこの状況を楽しみつつあった。

 どうせ捕らわれの身。ならば悲嘆に暮れて惨めに命乞いをするよりも、顔を真っ赤にしながら必死になっているシュリュードのことを笑ってやろうと思ったのだ。


「男爵閣下。もうおやめになった方がよろしいかと。……どうせこ奴は、なにもしゃべりはしないでしょう」


 すっかり自分の仕事を取られて手持無沙汰そうにしていた拷問官が、そんなサムライの様子に気づいたのかそう言った。

 すると男爵は怒りの視線を向けたが、すぐに舌打ちをして顔をしかめる。

 その通りだと思ったのだろう。

 それになにより、源九郎を痛めつけるのに必死になり過ぎたために疲労困憊ひろうこんぱいしてしまっていたのだ。彼は興奮したまま、ぜー、はー、と肩を上下させながら荒い呼吸をくり返している。


「フン! 貴様が口を割らずとも、小娘の一匹や二匹、ワシの手で捕えてくれるわ! ……そして、貴様の前でたっぷりと泣きわめかせてやる! 」


 サムライを屈服させることのできなかった腹立ち紛れなのか、シュリュード男爵はそう吐き捨てると手に持っていた棒を投げ捨て、大股で去って行った。

 それに、源九郎の強情さと、男爵の癇癪かんしゃくに呆れた様子で肩をすくめた拷問官も続く。

 後には、痛めつけられ、すでに意識も朦朧もうろうとし始めている囚人だけが残された。

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