・9-3 第191話:「捕らわれのサムライ:3」

 シュリュード男爵たちが怪我の治療もしないまま立ち去ると、源九郎はほんの少しだけの時間、気を失った。

 これほど痛めつけられた経験など、これまでにあるはずもない。

 転生してくる以前に背中からナイフで刺されるという稀有けうな体験はしたが、あの時は数分の内に出血多量で命を失ってしまったし、苦痛を長く与えて欲しい情報を引き出す目的での拷問、あるいはとにかく痛みと屈辱を与えることを目的とした私刑リンチとは、まったく違っている。

 全身から、悲鳴があがっている。

 心臓が脈打つたびに鈍く、熱い痛みが神経を駆け巡り、身体のすべての表面から痛みを告げる電気信号が神経細胞を通して脳へと送られてくる。それは表面からだけでなく、内部からも。骨が折れたり、剥離はくりしたり、砕けている場所もあるし、殴打されたことによる損傷は筋肉にも及んでいる。

 もし、内臓にまでダメージが入っていれば。このままサムライは、緩慢に死んでいくことだろう。

 いや、このままここで放置されれば、じきに消耗して衰弱死するのに違いない。もしかするとそのまま、干からびてミイラになるまで放置される可能性だってある。


(さすがに、二度目の転生はねぇよな)


 意識を取り戻した彼は陰気な拷問部屋の光景を再確認し、自身が置かれた最悪の状況をあらためて認識すると、苦笑を浮かべていた。

 もう、笑うしかない。

 悲鳴をあげたかった。だが、そうしたところで余計に身体が痛むなのはわかりきっていたし、シュリュード男爵たちを喜ばせるのはしゃくだ。

 かといって、静かに痛みに耐えているのでは、あまりにも辛すぎる。

 自分の置かれた状況を、笑う。自嘲する。

 それ以外に自身の苦しみを緩和する手段を、彼は思いつくことが出来なかった。

 ———悔やみ始めたら、キリがない。

 あの時刀が折れてしまわなければ。そこで呆然とせず、すぐに逃げ出していれば。

 異世界に転生すれば、そこには愉快で痛快な物語だけが待っているのだと思っていた。

 しかし実際には、そうでもない。

 楽しいことはたくさんあった。もう一度思う存分に刀を振るい、数多くの敵を相手に大立ち回り。野盗といった悪を倒し弱きを助けることができたし、令和の日本にいたら決して目にすることのできなかった、いろいろな景色を見ることも出来た。

 仲間にも恵まれたと思う。一緒に旅を始めた元村娘・フィーナは健気でなんとか幸せにしてやりたいと思える少女だったし、猫人ナオナー族の商人・マオは、自己保身に走る気はあったがそれは彼の未熟さ故で、その性格は愉快で楽しかった。犬人ワウ族のラウルはいけ好かないところもあるが正義感に満ちた奴だったし、異国からはるばる旅をして来た巫女・珠穂は、ツンとしたプライドの高い性格と少し周囲から距離を置こうとし秘密を抱えている不思議さが興味を沸かせてくれる。そして実はお姫様だったセシリアは、わがままで世間知らずではあったものの、これからの成長を楽しみだと思える少女だった。

 その、[楽しい異世界道中]の行き着いた先が、こんな、暗くてジメジメとした地底とは。

 自身をこの世界に転生させた[神]に、「やり直せ! 」と言いたくなるような始末だ。

 ———しかしこれは、自分自身の選んだ結果であることは、よく理解している。

 そもそもこの旅路は、[神]が当初計画していたモノとは異なっていた。いわゆる[チート]を授かることを拒否し、アラフォーのおっさんの肉体のまま、かつて撮影中の[事故]の後遺症で負った身体障害だけを除去して転生させてくれと頼んだのは、他の誰でもない。

 源九郎なのだ。

 野盗に苦しめられる人々を、自らに課したルールがあったのにせよ、十分な力があるのに自身の手では助けようとしない[神]に腹を立てて絶縁してしまったが、この世界に転生させてくれたことについては感謝こそすれ、恨みなどない。

 己の殺陣たての技だけで、すべてを切り開いていく。

 その、源九郎が追いかけて来た[夢]が、そもそも困難であったのだ。

 なんの特別な力もなしにこの世界で思うままに楽しもうなど、できるはずがなかった。

 だがそれでも刀一振りだけで駆け出したのは、それが[夢]だったからだ。

 自分はずっとそれを、追い続けてきた。

 サムライという存在が消滅してから百年以上も経った令和の日本で、己の剣ですべてを切り開き、人々を守る。

 その生き方を、「カッコイイ! 」と感じた。

 自分もそうなりたいと願った。

 だからこそがむしゃらに、周囲の反対や懸念を押し切って突き進み、ひたすらに追い求めてきた。

 それ以外の生き方など望まない。

 自分の信じた「カッコイイ! 」を手にしたい。

 そして自身の姿を目にした人々に、とびっきりのドヤ顔で言ってやりたかったのだ。


「どーだい? 俺って、カッコいいだろう? 」


 と。

 それが、この有様だ。

 無様と言われてもなんの反論のしようもない。

 自分自身を自嘲する他はない。

 ———それでも、不思議と後悔はなかった。

 満足感だけがあった。

 なぜならこれは、すべて自らが選び続けた道の果てにある出来事だからだ。

 [夢]をひたすらに追い続け、[夢中]に生きて来た。

 日々を必死に、決して折れることなく努力し、誰かから与えられたものではない人生を[生きた]のだ。

 チートといったものがあれば、それは、愉快なことだっただろう。

 だが、源九郎に言わせればそれは、「無粋」というものだった。

 アラフォーになったおっさんの、それまでの人生。

 懸命に生きて来た自分自身。

 [神]が与えてくれるからと言って、ホイホイとそれに飛びつき、力を授かって、好き勝手に生きる。

 それは、これまでに己が積み重ねて来たモノ、信じて来たモノをすべて否定し、台無しにすることだ。

 源九郎は、唐突に誰かから放ってよこされた、他者に与えられた[特別]で無邪気に喜べるような人間ではなかった。

 だからこのままここで、むくろとなって、人知れずに朽ち果てたとしても、後悔したり、誰かを恨んだりすることはない。

 そんなことは筋違いであったし、なにより、「カッコ悪い」からだ。


「まぁ……、考えていたのとは、だいぶ違うけどな」


 このまま消えていくのは覚悟の上だが、思っていたほどにはカッコよいモノでもない。

 自分の好きに生きて来た結果だから受け入れざるを得ないが、やはり、滑稽さ、惨めさは否定することが出来ない。

 ———サムライ以外には誰もいなくなったはずの拷問部屋の出入り口に人影があらわれたのは、その時だった。

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