:第9章 「生き方」

・9-1 第189話:「捕らわれのサムライ:1」

 暗闇の中に、頼りない松明の炎が揺らめいている。

 遠くからは、ピチョン、ピチョン、と、坑道に染み出して来た地下水が岩肌を伝っていき、下にできた水たまりに滴り落ちる音。

 そこは、ケストバレーの鉱山の、いずこか。

 シュリュード男爵が秘密裏に設置した牢獄だった。

 罪人を捕えておくための牢であれば、この谷の行政府を兼ねている男爵の屋敷にも用意されている。

 それなのにわざわざ作られた地下深くの牢獄。

 そこは、シュリュードが私的に[取り調べ]、要するに拷問などを行うための場所だった。

 メイファ王国の司法制度には組み込まれていない、違法な手法。それを行うのは当然、世間からの目を隠すことのできる場所でなければならなかった。

 松明のか弱い光に照らされて、おどろおどろしい拷問器具の姿が見え隠れしている。

 罪人を拘束して身動きを取れなくするための枷つきの台に、両手をひねり上げて天井から吊り下げるための吊るし器。痛めつけるための鞭や木の棒もあるし、指を潰すためのハンマー、爪を剥ぐためのペンチのような器具もある。

 きっと闇に隠れて見えないだけで、もっと恐ろしい器具も隠されているのだろう。

 壁に設置された拘束台の一つに捕らわれの身となった源九郎は、しかし、その場所の凄惨な光景など、まったく気にかけていなかった。

 拷問が恐ろしくないわけではない。

 彼の頭は、なぜ、自身の刀が折れてしまったのか、ということでいっぱいであったからだ。

 自身の、半身とも呼ぶべき相棒。

 この異世界に転生した際に[神]から与えられ、フィーナの村を救うために振るい、それ以降もサムライの旅を支えてくれた名刀だった。

 その切れ味は鋭く、頑丈で、兜割を行った際に歪んでしまったものの、それ以降も酷使に耐えてくれた。

 それなのに。

 突然、なんの前触れもなく折れてしまった。

 このケストバレーに到着してから、ドワーフの名工に依頼して修理してもらったばかりであったというのに、だ。


(まさか、頼んだところが[もぐり]の鍛冶屋だったとかか……? )


 思わず、そう疑いたくなってしまう。

 ———だが、仕上がりは間違いなく、素晴らしいものだった。

 歪んでいた刀身はすっかり修復されて真っ直ぐになっていたし、なにより、その切れ味は抜群に良くなっていた。同じ鋼でできているはずの相手の剣を両断するほどの威力があったのだ。

 柄のこしらえには違和感こそあったが、実用上の不便はほとんど感じることもなかった。あの刀があったからこそ、源九郎は大立ち回りをすることが出来たのだ。

 修理を行ったドワーフが、もし本当に[もぐり]の三流鍛冶師であったのなら、あれだけの切れ味にはできなかっただろう。

 決して、腕は悪くなかったはずだ。

 それだけに、「なぜ? 」という思いが消えない。


「フン。いいザマだな、盗人風情が」


 あざける声で、ずっとうなだれていたサムライは顔をあげる。

 そこには愉悦の表情を浮かべたシュリュード男爵の醜悪な姿があった。

 その背後には、目の粗い麻布でできた袋を被った、上半身裸の筋骨隆々とした男が控えている。

 ———どうやら男爵はこれから、源九郎を拷問にかけるつもりであるらしかった。


「貴様、その風体から言って、臨時に雇われただけなのだろう? こんなところで捕らわれの身となり、痛めつけられてしまってはたまったものではあるまい。……どうだ、素直に話せば、こちらも悪いようにはせぬぞ」


 身動きの取れないサムライを前にし、背後には拷問官を従えて、気が大きくなっているのだろう。シュリュード男爵は猫なで声でそう取引を持ちかけて来る。


「へぇ? お優しいこったな……。それで、なにが知りたいんだって? 」

「もちろん。あの金髪の小娘の行き先についてだ」


 試しに応じてみると、男爵はニヤリと、陰のある悪い笑みを浮かべる。


「どうせ、一時の雇用関係にあっただけの相手なのだ。貴様とて、我が身はかわいかろう? あの小娘の行き先を素直に話すだけで助かる、ずいぶんと気前のいい条件だとは思わんか? 」

「どうかな……。で、アンタはあのお嬢ちゃんを捕まえて、どうしようっていうんだ? 」

「くくくく……。すぐに始末してやっても良いが、あれはナビール族の娘だ。さぞやいい声で鳴くとは思わんか? なんなら、貴様にも少し遊ばせてやってもいい。お転婆な姫のことだ、一緒にいる間、さぞや腹に据えかねたこともあったであろうからな! 」


 返って来たのは、なんとも下品な回答だった。


「さて、答えを聞こうではないか」


 さも名案だと言いたげな優越感に満ちた様子の男爵に、サムライは答えなど与えない。

 代わりに、ペッ、と、歪み切った下種の顔に唾だけを吐きかけてやる。

 源九郎だって、自分の身はかわいい。

 拷問など受けたくなどなかったし、皮がむけて血まみれになるまで鞭や棒で叩かれたり、肩が外れるまで吊るされたまま放置されたり、一本一本指を潰され、爪を剥がれる激痛など、味わいたくない。

 なるほど、セシリアとは偶然一緒になっただけで、言ってみれば[他人]でしかない。一緒にいる間、彼女のお転婆、世間知らずさに何度もわずらわされ、呆れたのも事実だ。

 しかし、短い旅の間に、ただわがままなだけではないということを知ってしまった。

 あのお姫様は確かに未熟で、鼻持ちならないところもあったが、素直なところがありきちんと説明すればこちらの意見を聞いてくれたし、なにより根性があった。

 長い距離を歩いたことなどないはずなのに、彼女は必死に歩いて、この旅についてきたのだ。

 そこにはセシリアなりの信念があり、目的があり、その意志の強さには感心させられた。

 多少、気に入らないところがあったとしても、こんな悪辣な男の好きにさせて良いと思える娘ではない。

 源九郎に唾を吐きかけられたシュリュード男爵だったが、激高したりはしなかった。

 彼は不快そうに顔を歪めたものの、懐から取り出した絹のハンカチで顔をぬぐうと、獰猛な笑みを浮かべて見せる。


「いいだろう。……そんなにお望みならば、たっぷりと[楽しませて]やる」


 それは、これから行われる行為には、どんなに屈強で高潔な精神の持ち主であろうと耐えられず、悲鳴をあげ、最後には命乞いをすることになると確信している顔だった。

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