・8-8 第182話:「お約束:1」

 セシリアが源九郎のことを押しのけて前に出るのを、サムライは止めることが出来なかった。

 まさかこのタイミングで彼女が矢面に立とうとするなんて夢にも思っておらず、咄嗟に反応することが出来なかったからだ。

 それは、珠穂も、フィーナも、周囲をぐるりと取り囲んでいるシュリュード男爵とその部下たちも一緒だった。

 みな唖然となり、突然進み出て来た美少女の姿を見つめている。

 自分が、注目を集めている。

 そのことにプレッシャーを感じたのか、お嬢様は少しうつむいたもののすぐに顔をあげていた。


「男爵! 貴方がこれまでに行ってきたこと、わたくしたちはすでに知っているのですよ! 偽物のプリーム金貨を作り、それを利用してメイファ金貨をかき集め、あたかも自分がこの谷で鋳造した新しい貨幣だと偽って王都に送り出す。……鉱山の金鉱脈が枯渇したが故の措置とはいえ、我が王国の経済をゆるがしかねない悪事、断じて許されませんわ! 」


 顔をあげたセシリアの表情は、凛々しく、悪への怒りと、正義を成すのだという決意に満ち溢れていた。

 そして彼女がシュリュード男爵の行っていた悪事を暴露し、そのからくりを指摘し、ビシッ、と人差し指を突きつけると、狡猾な奸臣は驚いてたじろいだ。

 だが、すぐにあざけるような笑みが浮かぶ。


「ハッ! 小汚い身なりをした小娘が突然、何をぬかすか! 贋金だと!? まるで身に覚えがないわい! ……ええい、者ども、こたびの騒乱を引き起こした犯人たちをひっ捕らえるのだ! ワシ自ら取り調べてくれようぞ! 」


 先に見せた反応を見るに、源九郎たちがこの谷にたどり着いてから導いた結論は、概ね正しいものであったのだろう。

 しかしながら、なにか決定的な証拠を突きつけたうえで行われた糾弾ではなかった。

 そうであるのなら、悪党がやることと言えばひとつだ。

 事件の隠ぺい。

 ここでセシリアたちを捕らえてしまえば、いくらでももみ消しができる。


「お嬢ちゃん、下がりな! 」


 周囲の兵士たちが一斉に武器をかまえる姿を目にして、サムライは慌ててお嬢様を自身の背中に隠そうと、その肩をつかんで下がらせようとする。


「男爵! 往生際が悪いですわよ!? わたくしたちに指一本でも触れてみなさい!? わたくしのお父様が黙っておりませんわよ! 」


 セシリアは源九郎の手を振り払った。

 そして後ろに下がるどころかもう一歩前に出て、両手を腰に当てて仁王立ちしながらシュリュードを睨みつける。


「貴様の、父親だと? それがいったい、なんだというのだ? 」

「ふん! このわたくしの顔、見忘れたのかしら!? 」

「貴様の顔、だとぉ……? 」


 あまりにも堂々と言い放たれるのでなにか引っかかりを覚えたのか、男爵はいぶかしむような顔をする。

 するとお嬢様はさらに畳みかけるように、自身の出自を明かした。


わたくしのお父様は、ニコラウス。この国の国王、貴方たちの主君であるのですから、知らないはずがありませんわ! 」


 この娘はいったい、なにを言っているのか。

 周囲の反応は最初、そういうものばかりであった。

 なにしろ、兵士たちも不安そうに成り行きを見守っている民衆も、この国、メイファ王国の王様の名前がニコラウスであるということは知っていても、実際にその姿を見たことのある者はいないからだ。

 国王は遠く、王都にいる。加えて、貴族でもない民衆の前に姿をあらわすことは滅多になく、あったとしても、遠くからちらりと見えるだけ、というのがせいぜいだ。

 まして、その縁遠い王様に娘がいるかどうか、いたとしてもここにいる少女がそうなのかどうか、判別できるわけがなかった。

 ———ただ一人の人物を除いては。

 源九郎は周囲の兵士たちの動きに気を配り、いつでも刀を抜けるように油断なくシュリュードのことを監視していたのだが、面白かった。

 男爵は最初、怒りで顔を赤くしていた。

 それがいぶかしみに変わり、セシリアがニコラウスの名を出してから数秒後には、みるみる青ざめて行った。

 ガタガタと、全身が激しく震え出す。

 高慢さや余裕は消し飛び、目に見える怯え様で、もはや立っていられないのかその場に膝を折って崩れ落ちるほどだった。


「まっ、まっ、まっ……、まさか!? セ、セシリア姫!? 」

「やっと思い出したようですわね、シュリュード! 」


 お嬢様が誰だったのかを思い出したらしい男爵に、セシリアは、この国の王女様は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「お、お、お、お前たち! ぶ、無礼であるぞ!? は、は、は、早く、武器を下ろさぬか! 」


 お姫様がどんな容姿なのか知らない兵士たちは半信半疑で戸惑っていたが、上司が切迫した様子で言うので真実なのだろうと信じた様子で、慌てて武器を下ろしていく。


「お姫様……。おねーさんが、この国の……」


 フィーナが、ショックを受けた様子で呆然と呟く。

 源九郎も珠穂も、驚きを隠すことが出来なかった。

 思わずセシリアの顔をまじまじと見つめながら、何度もまばたきをしている。

 人間のことなど分からない、という風にきょとんとしていたのは、小夜風くらいのものだった。

 ———どうやらみなが、自分がこの国の姫であることを信じてくれたらしい。

 そのことにほっとしたのか溜息をつくと、王女様はあらためて、贋金作りという大罪を犯した奸臣に人差し指を突きつけて命じた。


「さぁ、シュリュード! 我が名において、貴方を逮捕いたしますわ! 観念して裁きを受けなさい! 」

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