・8-2 第176話:「トラブル:2」
ラウルと小夜風たちが鉱山に潜入を試みてから、どのくらいの時間が経ったのか。
時計という便利な物はないので正確には分からなかったが、体感で言えば2時間以上は経っていると思われた。
敵に発見され、追いかけられながらこちらへ逃げてきている。
証拠品をどうにか入手することが出来たのか、それとも失敗してしまったのか。
そのどちらなのかはまだ分からなかったが、源九郎たちがどう行動するべきなのかは、事前の打ち合わせですでに取り決めがされている。
にわか作りのパーティだ。先に示し合わせておかなければ、連携の取れた行動などできるはずもない。
「フィーナ、それにお嬢ちゃん。二人は手筈通り、街中でボヤ騒ぎを起こして回って来てくれ! できれば大声で触れ回って、なるべく騒ぎを大きくして欲しい! 終わったら、居住エリアの外れで、先に決めていた場所で待っていてくれ! 」
まずは、敵を混乱させなければならなかった。相手も突然の事態に驚いているのに違いなかったが、こちらとはあまりにも数が違い過ぎる。ボヤ騒ぎを起こし、街中の人々を巻き込んだ騒動を起こすことで事態の把握を困難にするのと同時に、こちらを追いかけることに集中できないようにしなければならなかった。
それに、夜だから建物の中で休んでいる人々を、火事から避難させるために外に出させた方が、都合がいい。その人ごみに紛れてしまえば、逃走に成功できる確率があがる。
「わかっただ! 」「わ、わかりましたわ! 」
フィーナとセシリアはうなずくと、それぞれの荷物と、ボヤを起こすための道具を持って、姿勢を低くしたまま駆け去っていく。
その様子に、源九郎はほっとしていた。
突然の事態だったが、二人ともパニックを起こしてはいなかったからだ。これならうまくボヤ騒ぎを起こして敵をかく乱できるだろう。
———それになにより、先に、二人ともここよりも安全な場所に逃がすことが出来た。
フィーナを長老から、セシリアをラウルから「頼む」と言われている源九郎としは、彼女たちには何としてでも無事に逃げ出してもらわなければならないのだ。
「わらわは、そなたと共に行動しよう」
少しだけ表情を柔らかくしていたサムライに、旅の巫女が冷静な声で言った。
「小夜風のことが心配、というのもあるが。そなたの背後を守る者は必要であろう? 」
「ああ、頼りにしてるぜ、珠穂さん」
自身の相棒である善狐を出迎えるついでに、ということらしかったが、素直に嬉しい申し出だった。
相手は明らかにこちらより多数だから、取り囲まれる、という場面もあるだろうし、追われているラウルたちが負傷している、という可能性もある。
背中を気にせずに済むというのもそうだし、怪我をした仲間を助ける人手としても、彼女がいてくれるとなにかと助かるのだ。
———そうしている間にも、小夜風はこちらに近づいてきている。
今は鉱山からは抜け、貨幣の鋳造所の屋根の上にいた。いくつもの松明の明かりに追われて、尻尾をなびかせながら素早く駆けていくアカギツネの姿が見える。
「ラウルが、いない……!? 」
一匹だけで逃げ回っている姿を目にして、源九郎は表情を険しくしていた。
追手を分散させるために別々に逃げている、という可能性はある。小さい体ですばしっこく逃げ回る小夜風が囮になって、ラウルを安全に逃がすために奮闘している、ということだって考えられる。
不吉な予感に駆られたが、そう考えた源九郎は、まずは善狐を助けるべく、隠れていた場所から立ち上がっていた。
犬頭の所在が明らかでないことが心配ではあったが、まずは、敵の追撃を一手に引き受けている仲間を助けるべきだった。
屋根を伝って身軽に駆け抜けてきた小夜風だったが、徐々に追い詰められつつあった。侵入者がいるという知らせを受けたシュリュード男爵の私兵や、谷を守るためにメイファ王国が派遣している正規兵たちが起きだし、警戒態勢を敷くのと同時に、逃げる相手の追跡に集まり始めているからだ。
しっかりと武装を整えている兵士や、寝起きなのか着の身着のままで、武器だけを手にして建物から駆け出し、わけもわからぬまま慌ててアカギツネを追いかけるのに加わる者もいる。
「いかん! いくら小夜風でも、囲まれては危ないぞ! 」
珠穂の声が切迫したものになっていた。
善狐は狐火などの術も使いつつ巧みに逃げているが、彼を追いかける人数はどんどん増えてきているし、全周囲を常に警戒し把握して最適と思われる逃走ルートを選び続けていても、どうしようもない状況に追い込まれる、という確率は高まっている。
なにより、必死に逃げ回って駆け続ければ、疲労もするだろう。
しかも、素早いアカギツネをなかなか捕らえられないことに業を煮やしたのか、屋根の上などで警備に当たっていた兵士が弓や弩を使い、矢を放ち始めている。
不規則な軌道で走り抜けることで小夜風はそれをかわしているが、まぐれ当たり、ということだって起こり得るのだ。
「分かってるさ、珠穂さん」
源九郎は珠穂に向かって笑ってみせると、それから鯉口を切り、抜刀しながら物陰から飛び出していた。
———腹筋に力を込め、駆け出しながら、全身全霊で声をあげる。
「キェェェェェェェェェェェェェッ!!! 」
人間が発するものとは思えない奇妙な雄叫びをあげながら、刀を顔の右横で垂直に立てる八双のかまえを取りながら、サムライは小夜風を集団で追い回している兵士たちに向かって斬り込んでいった。
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