・6-7 第152話 「報告会:1」

 初日の調査を終えた一行は、日が傾き始めたころに自然と宿屋に帰還して来た。

 時計などない世界だったから誰も正確な時刻など把握していないのだが、太陽が昇ったら活動を開始し、沈んだら休む、という生活パターンが染みついているために、夕方になってもうすぐ辺りが暗くなる前に余裕を持って集まったのだ。

 食堂のない宿屋だから自炊をせねばならないのだが、あまり帰ってくるのが遅くなると食事を用意する時間を取れなくなってしまう。それだけでなく、宿屋は高価な照明などは用意してくれないから、部屋の中が真っ暗になってしまってまともに話もしていられなくなってしまう。


「さて。まずは、オレたちの方から報告させてもらおうか」


 安宿の裏庭を借りて火を起こし、一行のための夕食を作っているフィーナを除いた全員が集まった部屋の中で、ラウルがそう切り出す。


「オレたちは谷の奥に向かって、職人街、シュリュード男爵の屋敷の順に見て来た。職人街はよくあるドワーフたちの工房が並んでいて、武具や道具を作っている様子だ。表通りは割と単純な構造だったが裏通りがけっこう複雑で、もし万一があった時に裏通りに踏み込んでしまったら迷いそうだったから、注意が必要だな。できれば下調べをしておきたい」

「それならば、後で小夜風にでも見てもらっておくべきじゃろう。善狐であれば警戒されることなく、裏通りの探索もできるはずじゃ」

「その……、珠穂殿? ぜん、こ、というのは、そういうこともできるのか? 」

「できる。小夜風は賢いからの。……なにか騒動になるとしたら、ラウル、お主が敵地に潜入をかける時じゃろう。その時は小夜風も共に行動することになっておるのだから、危険な状況になってもきっと、逃げ道を教えてもらえるはずじゃ」

「なるほど……。まぁ、時間もないし、信じよう。お願いする」


 ベッドの上に腰かけ、両腕を組みながら少し得意げに提案されたラウルは、やや不安そうではあったものの小夜風の力を借りることに同意した。

 すると、まるで「任せておけ」と言いたそうに、巫女の足元に座っていたアカギツネが胸を張る。


「本当に頼むぞ? ……それで、探索の続きだが、屋敷の周囲はやはり守りが厳重だった。男爵の住居兼政庁ともなっている建物を中心に、周囲を職員や警備兵の宿舎と防壁を兼ねた建物がぐるりと一周している。出入口は三か所あるが、常に警備兵が二人以上詰めているから、簡単には出入りできない。屋敷の背後は谷の斜面に接していて警備はいなさそうだったが、急斜面だからこちらからの侵入も難しそうだ。城壁代わりの建物は屋上が平らで行き来できるようになっているが、常に警備の兵士が巡回しているから、そこから侵入、というのもできないだろう」

「あら、ラウル。やっぱりシュリュード男爵を疑っているの? 」


 この地の統治を行っている行政官のいる場所に侵入できるかできないかを注意して確認して来たラウルに、セシリアが少し不安そうにたずねる。

 贋金作りを取り締まらなければならない側の人間が犯罪に手を染めているかもしれないという可能性のあることが恐ろしいのだろう。


「……はい。無関係だ、という確証が持てない限り、オレはシュリュード男爵を疑うべきだと考えています」


 ラウルはごまかさず、はっきりとうなずいてみせた。

 ウソを言ってお嬢様のことを安心させるよりも事実を理解させ、今後の行動を慎重に行ってもらった方が良いという判断と、この場にいる源九郎と珠穂にも彼の考えを知っておいてもらいたいという思惑だろう。


「偽プリーム金貨の流通は、かなり大規模に行われています。最近では贋金が出回っていると気づいた人々が増えて来たので被害はある程度抑えられていますが、あまりにも造りが巧妙なので被害を完全に阻止することは難しい、という状況です。トパス親分が作ったような指輪は、なかなか用意できないモノなんです。……このままでは王国の経済そのものにも深刻な混乱が広がりかねない状況です。きっと、贋金は王都だけではなく、他の地域にも流通しているはずですから。……これほど大規模な贋金作り、秘密組織がこっそりやっている、とは考えられません。魔法を使ったトリックといい、王国の正式通貨であるメイファ金貨の製造を任された担当者自身が関与して行っている可能性は、あると思っています」

「ぐぬぬ……。お父様の前で忠誠を誓った身でありながら、なんということですの! 」


 セシリアは悔しそうに唇を引き結んだ。

 王国に対する背信行為を行っているかもしれないシュリュード男爵に対し、自分のことのように怒っている。


「それで、屋敷よりさらに奥の方にある、鋳造所と鉱山についてだが。こちらは、悪いが見てくることができなかった。警備が厳重で、オレみたいな流れ者が立ち入ったら速攻で捕まえられそうな場所だったし、時間もなかったからな。明日、なんとか入れる方法がないか探ってみるつもりだ。……オレからの報告は以上だ。タチバナ、お前の方からはなにかあるか? 」

「そうだな……」


 ベッドの上で胡坐をかき、壁を背にしながらじっと話を聞いていた源九郎は話を振られて、少し悩んで頭の中を整理してから答える。


「オレは、鋳造所の方からほとんど物音がしなかったことが気にかかったな。詳しくはねぇんだが、あんなに静かな場所じゃねぇはずだ。まるで、開店休業、みたいな有様だった」

「あら、それは変ですわね……。ケストバレーから王都に納められるメイファ金貨の数は、きちんとノルマが守られていたはずですわよ? 」


 すると、セシリアが今度は不思議そうな顔で首をかしげた。

 ———ケストバレーは貨幣の鋳造所であり、王国に対してメイファ金貨を納めている。

 それがきちんと行われているというのならば、鋳造所が稼働していない、というのはおかしな話だった。


「それにしても、お嬢ちゃん。こういう話に妙に詳しいよな」


 いったいどこでノルマを達成するための金貨を手に入れているのかといぶかしみつつも、度々お嬢様が見せる博識ぶりにサムライは感心する。

 すると、犬頭がゴホン、と咳ばらいをした。


「タチバナ、他にはなにかないのか? 」

「あ、ああ……。他には、さっきアンタが説明した以上のことはないぜ」


 その咳払いのタイミングにも違和感を覚えたが、その疑問について源九郎が深く考える前にラウルはさっと話を珠穂に振った。


「それで、珠穂殿。そっちはどうだったんだ? 」

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