・6-8 第153話 「報告会:2」

 ラウルにうながされた珠穂は、「フン」と鼻を鳴らした後、それでも自分が調べてきたことを報告し始める。

 また、犬頭が不自然に話題を変えたと、不審に思っているのだろう。


「この地を守っている兵力は、ざっと、三千と言ったところじゃ。大半は槍と盾を装備した歩兵で、弓、弩兵がおよそ八百。騎兵は二百、といったところじゃな。その多くは城壁とそこに付随する防御施設を中心に配置されておるが、谷の中にも警備に置かれておるだろうから、もう少し数は増えるじゃろう。これに取り囲まれ、城門を封鎖されたら我らは袋の鼠となろう」


 把握できただけで三千。

 街中に警備のために配置されている人数を考慮すれば、もっと数多くの兵士がこの谷に存在している。

 ケストバレーの統治を任されているシュリュード男爵が王国に対して忠実であり、贋金事件に関わっておらず正義を成す側にいると確信できていたら、この兵士たちすべてが味方ということになって、頼もしく思えたことだろう。

 だが、男爵自身が贋金作りに関与しているという疑いがある以上、敵となることを考えなければならない。


「逃走に使えそうなルートは? 」


 深刻そうな表情をしたラウルが、少し期待している口調で珠穂に訪ねる。

 まず確保することを考えなければならないのは、危険から逃れる方法だった。

 大量の弓や弩などの飛び道具に狙われている中、鎧と盾で身を固め、隊列を組んで槍の穂先を突き出してくる正規軍を相手にして勝てると思うほど、一行はうぬぼれてはいない。

 兵法に、三十六計逃げるに如かずというものもある。

 無理な戦いをするより、逃げ延びて再起を図るべきだという教えだ。


「城門は今日わらわたちもくぐって来た一か所だけじゃな。他には見当たらなかった。じゃが、他にも何か所か通り抜けられる小道を用意してあるはずじゃ。包囲された際に外部と連絡を取ったり、奇襲に出撃したりするための隠し通路を設けるのは、城づくり常であろうからの。わらわは明日以降、そういった抜け道を探してみるつもりじゃ」

「そうか……。珠穂殿、引き続きお願いする」


 落胆しつつもそう言って頭を下げるラウルに、珠穂はうなずいてみせる。

 決して信用はしていないが、報酬を受け取る代わりに働くという約束をしている以上、仕事はきっちりこなすつもりであるらしい。

 巫女のうなずきを確かめて安心したらしい犬頭だったが、まだ報告を済ませていないセシリアへと視線を向けた時にはまた、不安しかない、という表情になっていた。


「それで……、コホン。お嬢の方は、どうでしたか? 」

「ええ、もちろん! ばっちり、でしてよ! 」


 待っていました、と言わんばかりに、やや食い気味に答えたセシリアは胸を張る。


「なにかあっても、すぐにボヤ騒ぎを起こせそうな場所を三か所は見つけて参りましたわ! 一つは古くなって使われなくなった廃屋、もう一つは資材置き場、それと、市場の近くの路地裏ですわ! どこも人気がありませんし、火を起こしても周囲に延焼させないようにできるだけの広さがありましたわ! ラウル、あなたが潜入する時には、すぐに準備できますわよ! 」


 得意満面といった様子で、お嬢様は「おーっほっほっほ! 」と高笑いをする。

 その場にいた他の面々は、心配そうな視線を向けていた。ボヤを越しても大丈夫そうな場所が見つかったのは良いのだが、報告者の言葉を信じても良いのかどうか、まだ確信が持てないのだ。


「ちょっと!? おねーさんっ! 」


 その時、夕食の調理を終えたフィーナが鍋を抱えて帰って来て、部屋の扉を蹴り破って中に押し入って来るなりセシリアを睨みつけて糾弾した。


「その三か所はみんな、おらが見つけた場所だっぺ! おねーさんはおらと一緒にうろうろしてただけでねぇか! 自分が見つけたみたいに、言わねーでくんろっ! 」


 どうやらお嬢様に手柄を横取りされそうになったことに怒っている様子だ。


「ま、まぁまぁ、フィーナさん、よろしいではないですか? わたくしだって頑張ったのですわよ? ちゃんと、良さそうな場所もいくつか見つけたわけですし」

「でも全部、ボヤ起こしたら本当に街が大火事になっちまいそうな場所ばっかりだったっぺ! 燃えるもんがたくさんありゃいいってもんじゃねーんだべ! 」


 また調子のいいことを言って……、と、呆れたジト目を周囲から向けられたセシリアはなんとかフィーナに取り入って、自分もちゃんと仕事をしていたのだと認めてもらおうと愛想笑いを浮かべるが、元村娘は厳しかった。

 すると、お嬢様はすねたように頬を膨らませる。


「それは、反省していますわ……。ですが、惜しかった場所もあったではないですか? 全否定されるのは、納得できませんわ! 」


 少しは自分の働きを認めて欲しいと、彼女は視線で訴えかける。

 確かに、頑張りはしたのだろう。セシリアは世間知らずではあったが、少なくとも自分の足でここまで旅をして来た。

 真剣な思いで家出をしてきたのは、間違いないのだ。

 しかしフィーナは、ニヤリ、と薄ら笑いを浮かべると、容赦なく言い放つ。


「なら最初から、素直にみんなに報告するべきだっただな? ……おらも腹が立つから、今晩のおねーさんのスープによそう具材の量を減らしてやるだよ。お代わりも禁止するだ」


 すると突然、セシリアは藁のベッドの上で居住まいを正すと、深々とこうべを垂れる。


「大変、申し訳ございませんでしたわ! わたくしが間違っておりました! ですから、どうか、お情けを下さいまし!! 」


 見栄を捨てた、ストレートな謝罪だった。

 背に腹は変えられないのだろう。

 すると元村娘は機嫌を直したらしく、にこっ、とした笑みを浮かべる。


「わかってくれたんなら、勘弁してやるっぺ! そいじゃ、お夕飯にしよーでねぇか」

(やはり、胃袋を握った者には勝てない、か……)


 その光景を、源九郎は苦笑しつつ、自分もフィーナを怒らせたらああなるのだろうかと少し不安に思っていた。

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