・6-6 第151話 「ひとまわり」

 一行がケストバレーでの活動拠点として選んだ宿屋は、いわゆる大衆向けの安宿というものだった。

 別々の個室ではなく六人が一度に泊まれる大部屋で、中には木枠の中に藁を詰め込んで布で覆っただけ、という簡素なベッドが人数分あるのみ。他には一切の家具がなく、窓も一つしかないうえに景色も悪い。寝泊まりができるだけ、という宿屋だ。

 街道沿いの宿屋などではよくあった、食堂が併設されているタイプのものでもない。食事はすべて自前で、宿の外で摂るか、どこかで場所を借りて自炊をするしかなかった。

 快適、とは言い難い。

 金銭面で苦労しているわけではない。出発する際にある程度余裕のある路銀を持ち出してきているし、セシリアが身に着けていたコスプレ衣装は素材が良かったためにやはりいい値段で売れ、彼女の旅道具一式をそろえても余りあるほどだったからだ。

 ではなぜこんな安宿に宿泊するのかというと、一行は、「格安で販売されているプリーム金貨を買いつけに来た流れの商人」という[設定]でこの谷を訪れているからだ。

 商人というのは、そもそも[より大きな利益を出す]ことを好む人々だ。

 自分の働きの結果、あるいは創意工夫の結果がっぽりと儲けることができれば、それは商人なら誰だって嬉しい。そしてどこにも店を持たず各地を巡っている流れの商人というのは、特に喜ぶ傾向がある。

 店を持たないで旅をしているということは多くの場合、どこかに恒久的な拠点を設けて活動できるだけの財産を持っていないということでもあり、旅の商人はみな、一獲千金を夢見て、いつか自分だけの店を持ち、己の力だけでのし上がりたいと考えている。

 そういう立場にいる者は、たとえ手元に小金があったとしても倹約を怠らない。

 いい部屋に泊まる代わりに安宿に泊まり、豪華な食事を諦めて粗食し、節約すれば、それだけ費用コストを抑えることができ、商取引によって得られる利益を最大化することができる。

 つまり、自分の夢により早く、着実に近づくことができるのだ。

 一行も自分たちの正体を偽装するためには、そういう商魂に燃える商人としての振る舞いをしなければならなかった。


「よし。それじゃぁ、それぞれ行動を開始しようか。オレはここからさらに谷の奥の方に行ってみようと思う」

「なら、俺も同行させてもらおう。騒動になった時にどう立ち回るべきか、しっかりと街の地理を見ておきたい」

「わらわは少し戻って、小夜風と共に街の防衛態勢をより詳細に確認して来よう。できれば、いざという時に街の外に抜けられる道がないかどうかもな」

「んだら……。おらはこの辺りを見て回ってくるっぺ。街に本当に火事が起こらねぇようにしながら、ボヤ騒ぎを起こせそうな場所を探しておくべ」


 部屋に入り、ひとまず不要な荷物を下ろした一行は手早く相談し、まずはケストバレーをひとまわりしてみることに決めた。

 先にそれぞれがどんな立ち回りをするかは決めてあるので、分担はただ一人を除いてすぐに決まる。


「あの、わたくしは、どうすればよろしいんですの? 」


 話に加わることができず、困り顔をしているのはセシリアだ。

 そんな彼女に、ラウルが愛想笑いを浮かべながら提案する。


「そうですね……。お嬢は、やっぱりここで留守番を。荷物を取られたら困りますし」

「嫌ですわ! 」


 しかし、お嬢様は柳眉を吊り上げ、即答する。


「そんなの退屈ですわ! いったい、なんのために家出して来たと思っておりますの!? それに、このお部屋には鍵がかけられますし、宿の出入り口はここのご主人が見張っておられるのですから、お留守番など要りませんわ! 」

「なら、おねーさんはおらを手伝ってくんろ」


 ご機嫌斜めなセシリアに、やれやれ自分の出番かといった口調でフィーナが言う。


「一人より二人で見て回った方が早く進むだんべぇし、もしボヤを起こすんにいい場所があったら、先に準備もしておきてぇかんな。そん時に手伝ってもらえたら嬉しいべ」

「むぅ……。わかりましたわ」


 元村娘の手伝い、つまりは[脇役]という分担に完全に納得したわけではなさそうだったが、何もせずにいるよりは遥かにマシだと思ったらしいお嬢様はうなずく。

 誰が何をするのかが決まると、一行はすぐに行動に移した。

 あまり時間をかけてもいられなかったのだ。

 というのは、やはり一行が旅の商人としてこの谷を訪れているせいだ。

 そういった者たちは、望んでいた取引が済めばさっさと別の場所に旅立って行ってしまう。手にした商品を別の街で仕入れた値段より高く売るというのがこうした旅の商人たちの生業であり、一つのところに長くとどまっていてもなんの利益にもならないからだ。

 こういうわけで、一行が泊まることになった安宿では人の出入りが激しかった。みな、注意深く目を見張り、耳を澄ませ、これは、と思う商品を見つけて取引をしては、さっさと谷を去っていく。

 それなのに一行だけがズルズルと長居をしていては、それだけでも目立つし、贋金を作っている側に怪しまれてしまう恐れがある。

 重大な犯罪行為に手を染めている連中だ。常に警戒は怠ってはいないはずだった。

 源九郎たちがこの谷で調査を行える時間というのは、せいぜい数日だろう。

 その限られた時間内に贋金作りの陰謀を暴き、その製造方法を奪い、できれば偽プリーム金貨に魔法を施している魔術師も確保する。

 ハードなスケジュールで、少しも無駄な行動はできなかった。

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