:第6章 「ケストバレー」

・6-1 第146話 「お嬢様、頑張る」

 旅のしかたを少しもわかっていなかった、世間知らずなお金持ちのお嬢様。

 セシリアに強引に[教育]を施してからの旅路は、予定していたモノよりは遅れがちではあったが、まずまずのペースで進むようになっていた。

 豪華な衣装を元手にしっかりとした旅荷物をそろえることができたというのもあるが、このパーティの中での立ち位置を彼女が理解した、というのが大きい。

 今までは、命令すればなんでも、自分の思い通りになるのだと思っていた。

 しかし実際にはそうではなく、このパーティの中では自分も足を動かして汗をかきながら歩き、それ以外にも役割を果たさなければならないということをわからせられたのだ。

 もっとも、旅慣れた他のメンバーたちとまったく同じ、とはいかなかった。

 初日からすでに彼女は足が痛いと言っていたが、二日目にそれはさらに悪化し、ようやくたどり着いた、本来であれば初日に到着していたはずの街の宿屋に一泊しなければならなくなってしまった。

 彼女のための旅荷物の準備や、昨晩であった強盗団を当局に通報することなど、いろいろやることがあったからその遅れも許容されたが、セシリアを甘えさせたのもそれが最後だった。

 その日以降も彼女は足を痛がり、休もうと主張したが、一行はそれに取り合わなかった。

 元々休憩時間というのをいつ取るかは決まっていたし、歩き慣れている者であれば余裕を持って進むことができる調整がされている。

 それについてこられないというのは、要するに[足手まとい]ということなのだ。

 ———そんな者は、このパーティにはいらない。

 さっさと元の家に帰って、これまで通り、多くの使用人に囲まれ、甘やかされてちやほやされながら、着飾って暮らせばいい。

 すすり泣きながら歩き続けるセシリアの姿には正直なところ同情を禁じ得なかったが、しかし、まだ王都から数日しか離れていない距離であれば、引き返すことも不可能ではない。

 主要な街道に沿っての移動だから街と街の間を行き来している公共交通機関としての馬車もあるし、それに乗って行けば、お嬢様一人だけでも安全に帰ることができるのだ。

 これから向かう先では、どんなことが起こるかわからない。

 相手は贋金作りに手を染めている犯罪集団であり、その秘密を探ろうとするこちらを、穏便に出迎えてくれる保証はないのだ。

 そんな騒動に、この、未熟な少女を巻き込むくらいならば、いっそここで引き返させた方がいい。旅がどんなに辛いモノかを思い知らせ、諦めさせる方がいい。

 一行にとっての足手まといがいなくなるし、なにより、セシリア自身も怪我をせずに済む。

 そういう考えでの容赦ない仕打ちであったが、しかし、意外なことに彼女は音をあげなかった。

 最初は痛む足を引きずり、泣きながらだったが、道端で拾った枝を杖代わりにして歩き続けた。

 数日もして王都からかなり距離が離れて来ると、歩くことに慣れて来たのか、あるいは泣いてもいつものように誰かが助けてくれることはないと骨身に染みたのか、彼女は杖を捨て、自分の旅荷物をしっかりと背負って歩き始めていた。


(なかなか、根性あるんだな)


 きっとセシリアは嫌になって王都に帰るのに違いない。

 そう思っていた源九郎だったが、その頑張りには感心させられてしまった。

 強引に旅について来たのには、彼女なりの目的があった、ということなのだろう。

 ただ、お嬢様がこの旅路についてこられたのは、一見辛く当たっていた他の面々が密かに、支援したおかげでもある。

 休憩時間を多めに取ったり、豆のできた足に薬をぬってやったり、歩きやすいように上等な靴とその中に敷く良質なクッションを用意してやったり、一時的に荷物を背負ってやったり。

 なんだかんだ言いつつも、一行は優しかったのだ。


「ひゃ、ひゃわぁぁぁぁぁっ! むっ、虫っ! 虫が出ましたわぁぁぁぁっ!!! 」


 しかしやはり、彼女はお金持ちの、いいところの出の少女だった。

 野営をすることとなり、焚火をするための燃料を集めていたところ突然、素っ頓狂な悲鳴をあげ、抱えていた枝木をばらまきながら尻もちをつく。


「なんだべ、虫くらいで! おどかすでねーだよ! 」


 すかさず、ビシッ、と指さしながらフィーナが叱咤する。

 元村娘はその経験を活かし、野営などしたことのないセシリアにやり方を教える教育係をしているのだ。

 厳しい言葉に、お嬢様はうるうるとした涙目で、ぴょん、ぴょん、と跳ねていく虫を指さして訴えかける。

 バッタだ。


「だ、だ、だ、だって~っ! あ、あ、あ、あんな、ぴょんぴょん飛び跳ねる虫! わ、わたくし、見たことがありませんのっ! 」

「だって、じゃ、ねーべ! あんなのただのバッタでねぇか! 全然、危なくねー虫だっぺ! むしろ焼いて食うと、カリカリしててなかなかイケるだよ」

「むっ、虫をっ!!? た、食べるのですか!? 」


 それがさも当然、常識だという風に放たれた言葉に、驚愕したおセシリアの顔から涙が吹き飛ぶ。

 そんな彼女を横目に集めた枝木を右わきに抱えながらバッタに近づいていくと、フィーナは身の危険を感じて逃げて行こうとするバッタを左手で素早くとらえていた。


「ほれ、こーうやって、簡単に捕まえられるだ! 」

「ヒッ!? 」


 振り返りざまに元村娘がにゅっと手を突き出すと、お嬢様は顔面蒼白となり、息を飲むような悲鳴を漏らす。

 そんな彼女に、褐色肌の少女は、にぃっとした意地悪な笑みを浮かべた。


「な? おねーさん。今晩、食べさせてあげべぇか? 」

「……い、い、い、嫌ですわ~っ!!! ぜったいぜったい、いやぁっ!! 」


 たまらずセシリアは顔をそむけ、金切り声で悲鳴をあげる。

 それは単純な好き嫌いを超越した、心の底からの恐怖の絶叫であった。


「ふふん。冗談だっぺよ? おねーさん。バッタは食えるけど、パンの方がうんめぇかんな」


 それでフィーナは満足したらしい。

 ぽいっ、とバッタを投げ捨てて解放してやると、「さて、もっと薪を集めねぇとなんねぇだ」と呟きつつ、作業を再開する。

 お嬢様は、しばらくの間すっかり放心して、その場にへたり込んだままだった。

 彼女の受難は、まだまだ、途上であるようだ。

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