・5-12 第145話 「身ぐるみ:2」
世間知らずのお嬢様に[教育]が実行されている間、追い払われた源九郎とラウルは、言われた通り少し離れた場所で、目隠し代わりの茂みを背中にして、所在なさそうに腰かけていた。
背後からは、絶賛身ぐるみを剥がされ中のお嬢様の哀れな悲鳴と、なんだか楽しそうでサディスティックな巫女と元村娘の声が聞こえてきている。
「あーれーぇぇぇぇっ! お許しをっ、お許しを~っ!! 」
「へっへっへ、騒いでも無駄じゃ、諦めよ! ……っと、なんじゃ、この鎧は!? 指で押しただけでへこむではないか!!? こんなもの、少しも身体を守れんぞ? 」
「し、しかたないではないですか! 板を厚くしたらその分、重くなってしまいますもの! そんなもの、
「本当に恰好だけなんじゃな……。こんな装備で旅をしようなどとは、呆れるほかないのぅ。ほれ、この剣も! 指で押しただけでぐにゃりと曲がるではないか! なんと!? 刃もついておらぬぞ!? 」
「そ、それは、鍛冶師に頼んで作っていただいたのですが、やんごとなき身分の
「身を守るのになんの役にも立たぬではないか! これは、早々に身ぐるみを剥いで正解、じゃったかのぅ」
珠穂はすっかり呆れてしまった様子だったが、同時に、自分の判断の正しさを再確認してもいた。
次いで、フィーナが驚きの声をあげる。
「ほへぇ、なんだべか、この生地は!? さらっ、さらっ、つるっつるだっぺ!? 全部、絹で作ってあるんだべか!?」
「そ、そうですわ! 遥か東方から隊商が運んできた、貴重な交易品ですのよ? 」
「こんなに珍しいものを……、こんなにたくさん使って!? い、いったいいくらかかったんだべか……? 」
「そんな大したことはありませんわ! たかだか、メイファ金貨五十枚しか使っていませんわよ? 」
「「ごっ、五十枚!? 」」
巫女と元村娘は、なんでもないことのように言い放たれた金額に驚愕する。
手が止まり、辺りには一時的な沈黙が下りた。
「ど、どうしてそんなに驚いているんですの? この程度の衣装なら、
お嬢様の金銭感覚は、次元が違う、というレベルでズレているらしい。
———なにしろ、珠穂が今回の事件の解決に協力するという見返りに受け取ることになっている金額の合計、メイファ金貨四十枚よりも高額な衣服を、さも当然のように、普段着として着まわしているのだ。
「どんだけ金持ちなんじゃ……」
「おらの村にも花嫁衣裳ってあって、それが絹でできてんだけんど、おねーさんの服よりは全然、安物だったっぺ……」
文字通り世界が違う話に、身ぐるみを剥ぐ手を止めて、二人は呆然自失としてしまっている。
「な、なんですの? そんなに、こういう衣装が凄いのですか? ———でしたら! こんなことおやめになって下されば、後で二着、いえ! 三着ずつ、
その様子を目にして、お嬢様の声に元気が戻る。
圧倒的な金の力で懐柔できると、そう踏んだらしい。
「……いや、いらぬ」
「んだな。そんなものもらっても、邪魔にしかならねーべさ」
珠穂は少し迷った様子で、フィーナは割と揺らぐことなく、セシリアの提案を拒絶する。
どうやら金目の物への誘惑よりも、この世間知らずのお嬢様に現実を叩きこんでやりたいという欲求の方が勝ったらしい。
それから二人は止めていた手を再び動かし始めたが、その手つきはさらに遠慮のないものになっていた。
「ひゃ、ひゃんっ!? そ、そんな乱暴になさらないで下さいまし! らっ、らめぇっ!? そ、そんなところのお衣装までーっ!? い、嫌ですわーっ!!! いやーぁーっ!!!! 」
どうやら本当に、全身の身ぐるみを剥がされてしまったらしい。
最後の、一際甲高い悲鳴を最後に辺りは再び静かになり、しおらしい嗚咽を漏らしながらすすり泣くお嬢様の声だけが聞こえてくる。
「は、はぇ~、すっごい、きれいだっぺ……。ちっとも日焼けしてねーし、すべすべ、ツヤツヤしとるだよ」
「くっ……。わらわよりも年下のくせに、成長しおって……っ! 」
あらわになったセシリアの肢体を眺めたフィーナと珠穂が、それぞれの感想を呟いた。
元村娘はすっかり感心してうっとりした様子で、巫女はなんだか悔しそうだ。
「わ、
同性からしか見られていないとは知りつつもやはり恥ずかしいのか、お嬢様は震える声で言う。
「そ、それより、は、早く、早く! 代わりのお衣装を
「そ、そうじゃったな。しばし待っておれ」
「か、風邪をひいたら、大変だんべぇしな」
必死の懇願に、ナビール族、エルフと人間との混血種族の美しさに見とれていた二人はようやく、代わりの衣装を着させ始める。
———世間知らずのお嬢様がわからせられている間、男二人はずっと無言だった。
セシリアを怒らせてしまえば[物理的]に抹殺されかねないというラウルは両膝を立て三角座りをしつつ、両手をうつむけた頭の前で組み合わせて、小刻みに身体を震わせながら必死になにかの祈りを捧げている。
源九郎はその隣で胡坐をかき、刀を肌身離さず持ちながらじっと、精神統一するように両目を閉じていた。
(平常心、平常心、平常心……)
彼は元役者らしく見事に泰然とした態度を取りつつも、実際には、内心でそう自分に言い聞かせ続けていた。
今進行中の出来事は、健全な男性にとってはなかなか、辛いものがあるのだ。
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