・5-11 第144話 「身ぐるみ:1」

 実際の役にはまるで立たない、見た目だけのセシリアの衣装をはぎ取り、少なくとも最低限は旅のできる装備に変える。

 男二人の口封じを終え、「しばらく離れておれ。できれば目と耳を閉じてな」と命じて追い払った後、珠穂はすでに作戦の共謀を約束しているフィーナのもとへ向かった。


「……やるだか? 」


 目を開いたフィーナは目の前に巫女がいるという事実だけで自分の肩が揺すられた理由を察し、ちらり、と隣で眠っているお嬢様の方を見てから、抑えた声で確認してくる。


「ああ。男どもにも説明は済んでおる。コトが終わるまでの間、この寝坊助がなにをわめこうが、邪魔する者はおらぬ」


 珠穂がうなずき返して見せると元村娘は無言で起き上がって、まだ何も知らずに、安らかな寝息を立てている少女を見おろす。


「けんど、巫女さま? 暴れられたら、どうするっぺ? このお姫さま、おらたちより体格がいいだよ? 」

「体力はないがのぅ。しかし、確かに抵抗されたら面倒じゃ。……なぁに、案ずるでない。小夜風の力を借りる」


 作戦を実行する前に手順を確認すると、巫女は自信ありげに不敵な微笑みを浮かべた。

 その時、自分の名が会話の中に出て来たのに気づいたのか、アカギツネが茂みの中からすっと姿をあらわし、お行儀よく前足をそろえて二人の足元に座り、夜なので瞳孔の開いた瞳でじっと主人のことを見つめる。


「善狐の束縛術で、この者の身体をからめ取ることができる。その間に、わらわとそなたで手早く済ませるのじゃ」

「わかっただ。……キツネさん、よろしくおねげーするだよ? 」


 フィーナが下を向くと、小夜風はコクンとうなずき、それから静かにセシリアの枕元にまで駆けて行った。

 それから彼はたんっと地面を蹴って空中に飛び上がるとそこで、グルン、と前転する。

 その間に、身体は青白い光に包まれていた。狐火、と呼ばれるものがあるが、まるでその炎のように、アカギツネは燐光をまとう。

 そして一瞬、彼の双眸がギラリと輝いた、そう思った瞬間だった。


「ふぎゃんっ!? な、なんですのっ!? 」


 突然自分の意志に反して身体を持ち上げられたセシリアは悲鳴をあげながら目を覚まし、そして、自分の身体が思う通りに動かせないことに気づいて、戸惑う。

 ———よく見ると、小夜風がまとった青白い光の一部が細長く、糸のように伸びて、お嬢様の四肢にからみついていた。

 この糸によって、動きを封じているらしい。


「はっ、やっと目を覚ましおったか。なんにも知らずに、安らかな寝息を立ておって! 」


 いい気味だ。

 身動きが取れず、空中に縛り上げられてもがくセシリアのことを勝ち誇った笑みで見上げた珠穂は、編み笠の下で愉悦に双眸を歪め、身体の前で腕組をしながら状況を教えてやる。

 その姿はまるで、悪の組織の女幹部、といった様相だ。


「あ、あなた、突然なにをするんですの!? ま、まさか、わたくしを盗賊どもに売り払おうとでも!? 」

「安心せい、そんなことはせぬ。正直、そなたのわがままぶりには辟易へきえきしておるが、それは世間知らずなだけゆえのことであるからのぅ。しかし、その目立つ召し物は、これからも旅をするのなら邪魔にしかならぬ。よって、ここですべて没収させてもらう」

「なんですって!? わ、わたくしの、お衣装を!? 」

「そうじゃ。……なんじゃ、その、旅をなめ腐ったいでたちは!? 盗賊どもに「ここに金目のものがあります」と宣伝して歩いておるようではないか! 」


 ビシッ、とお嬢様を指さした巫女は、彼女に、自身がなぜこんな目に遭っているのか、その理由を突きつける。


「じゃから、あんな強盗団に狙われるのじゃ! そんな、実際の役にはなにも立たぬ衣装は脱ぎ捨て、わらわたちがもっと有効な装備に変えてくれるわ! 」

「そ、そんな!? こ、このお衣装は、わたくしがデザインしたものですのよ!? それを捨ててしまうなんて、できませんわ! 」

「問答無用じゃ! 観念せい! 」


 有無を言わさぬ口調で言い放つと、珠穂は一歩前進する。


「らっ、ラウル! ラウル!? どこにいるんですの!? わたくしのピンチですわよ!? 助けて下さいなっ! 」


 このままでは本当に身ぐるみを剥がされる。

 そう悟ったセシリアは、案の定、犬頭に助けを求めた。

 ———しかし、返事はない。

 もちろん、獣人が駆けつけることもなかった。


「なっ、なぜっ!? ど、どうして助けに来て下さらないの!? ラウル! ラウルーっ!! 」

「はーっはっは! 無駄じゃ、無駄じゃ! 」


 必死に叫ぶお嬢様に、巫女は痛快そうに笑う。

 どうやらこの状況を楽しんでいる様子だった。


「男どもにはすでに説明して、同意を取り付けてある。……ここでいくら叫ぼうが、泣きわめこうが、助けなぞ来ぬぞ? そなたがわき道を選んでくれたおかげで、わらわたちの他には誰もおらぬし、のぅ? 」

「くっ……! 手回しの良い……っ! 」


 自身のピンチに誰も駆けつけてくれないことを理解したセシリアは、悔しそうに表情を歪める。

 それから彼女は、すがるような視線をフィーナへと向けた。


「お、お願いしますわっ、フィーナさん! いえっ、フィーナ様っ! こんなこと、やめさせてくださいまし! 貴女は、優しい女の子ではないですか! 」

「……んー、確かに、おらも、本当はこんなことしたくはねーんだけど」


 元村娘は少しだけ心苦しそうに顔を伏せて口ごもったが、すぐに顔をお嬢様の方へと向け、薄ら笑いを浮かべる。

 怒っている顔だ。


「けんど、おねーさん、固焼きパンのことを馬鹿にしたっぺ? ええだか、お金持ちのおねーさん。おらの故郷じゃ、あんな、小麦だけで作ったパンなんかめったに食えねぇんだべ。それを、固いだの、えり好みして。……正直、おねーさんのことがゆるせねぇだよ」

「なっ!? そ、そんな、パンを、ちょっと好き嫌いしたからって……! 」


 なおも慈悲を請おうとするセシリアだったが、言葉が尻すぼみになって消える。

 自分がここでどう抵抗しても、なにを言っても無駄なのだということを、珠穂とフィーナの表情から理解したのだ。


「そういうわけじゃ」「大人しく、してくんろ? 」


 じりじりと迫る巫女と元村娘の瞳からハイライトが消えているのは、きっと、夜のせいではなかっただろう。

 月の浮かんだ夜空に、衣装をはぎ取られる少女の、あられもない悲鳴が響き渡った。

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