・5-10 第143話 「密談」
「のぅ、少し話し合わぬか? ……あの騒々しいお嬢様は、抜きにして」
珠穂がそう言い出したのは、一行が苦も無く強盗を追い払ってから小一時間も経っていない時だった。
ちらり、とセシリアの方へ視線を向けた源九郎は、この厄介ごとの塊のような少女が、ラウルが必死に集めた葉っぱで作られた簡易ベッドの上ですよすよと眠っているのを確認してから巫女の方へと視線を戻す。
強盗団を追い返して上機嫌だった彼女だが、疲れからかすぐに眠ってしまったのだ。
「抜きにして、ってことは、あのお嬢様について話したいんだな? どうしようっていうんだ? 」
「無論、理想を言えば今からでも家に帰ってもらいたいところなのじゃが……、そういうわけにもいかぬであろう。この者はこちらのことなどおかまいなしじゃからな。……わらわが申したいのは、状況を少しまともにしたい、ということじゃ」
すると、自身のスポンサーの娘ということで四六時中セシリアのために気を張りっぱなしだったところからようやく解放され、疲れ切った様子でフィーナのいれたお茶をすすっていたラウルが会話に加わって来る。
「大丈夫だとは思うが、お嬢を傷つけたりはしないでくれよ? オレの首が飛びかねん。……物理的に」
「物理的に? 」
「物理的に、だ」
サムライが問い直すと、犬頭は真剣な表情でうなずいてみせる。
お嬢様のお金持ちの父親が握っている権力は、かなり大きいらしい。
「安心せよ。わらわとて、あの者を傷つけようとは思うておらぬ。腹立たしいのは山々じゃが、報酬がかかっておるでの」
お嬢様にはいろいろと苦労させられていそうな獣人に憐みの視線を向けた後、珠穂は、夜になっても脱ごうとしない編み笠の下から鋭い視線をのぞかせた。
「あそこで心地よさそうに眠っておる、あ奴。あ奴には体力もないし、旅慣れてもおらぬ。それは今日一日でようわかった。というわけで、まずは身軽になってもらうべきじゃと思う」
「身軽って、あれ以上どうするんだい、珠穂さん? あの子、旅荷物なんかはなんにも持ってきてないんだぜ? 」
体力が不足しており、長い距離を歩けないというのならばまずは少しでも負担を小さくするために荷物を減らすというのは、常識的な考えだったし、有効だろう。
しかし、セシリアはそもそも荷物を一切、持っていなかった。
———旅をするには、いろいろな準備が必要だ。
護身用の武器はもちろん、食料や衣服、様々な小道具、現金。
街の宿屋をなるべく利用するということを前提に、露営に必要なもの、テントとか寝袋になるものなどは持ち込んではいなかったが、それでも旅荷物をすべて合わせれば、数キロでは足りない重量を持ち運ばなければならない。
一行はみな、それぞれに必要な分の荷物を持ってきている。
それなのにお嬢様は、そういう物をなにも持ってはいなかった。
素人だからなにが必要になるのかまるでわかっていない様子だったし、もしかすると、ラウルたちのものを借りればいい、くらいに軽く考えていたのかもしれない。
「身ぐるみを、……剥ぐ」
短くはっきりと宣言する、珠穂。
焚火に照らされたその顔に、編み笠が作る影が濃く落ちている。
———彼女は本気だった。
源九郎とラウルは素肌に剥かれたお嬢様の姿を想像し、ゴクリ、と生唾を飲み込む。
すると巫女はジロリ、と二人をねめつけた。
「今、
「い、いや、まさか」「当たり前だ、そもそもオレは
疑われた男二人は慌てて首をブンブンと左右に横に振る。
「安心せい、手を下すのはわらわたちでやる。……フィーナにはすでに協力の了解を取り付けてあるのじゃ」
「フィーナが? 」
意外に思ったサムライは、セシリアの隣で、こちらは地面にそのまま横たわり、後で見張りと火の番を交代するために先に休んでいる元村娘をちらりと見やる。
「ああ。……あの者も、大分、腹に据えかねておったようじゃ。それに、あのお嬢様に声をかけたのは自分じゃから、その責任をとる、とも申しておった」
「なるほど……」
「そういうわけじゃ。……ここでわらわが確かめておきたいのは、そなたたちはコトが成される間、見て見ぬふりをしてくれるかどうか、ということじゃ。特に、ラウル殿」
「うっ」
珠穂が視線を向けると、ラウルは苦しそうなうめき声を漏らした。
スポンサーの娘、ということで彼は以前からお嬢様とは面識がある様子だった。それに、彼女の命令には逆らえないという傾向が見て取れる。そのために彼はセシリアが一行に加わることを拒否できなかったのだ。
だから、おそらくは本人が嫌がるのに違いないという行為を実施する間にそれを阻止せよと命じられたら、不本意ながらも介入せざるを得なくなるのではないか。
その辺はどうなるのかと、問われている。
「……止むを得ないだろう。どう考えても、お嬢は旅を続ける上での障害になっている」
数秒黙り込んでいた犬頭だったが、セシリアの命令に逆らう決意を固めたらしくうなずいてみせていた。
「念のため聞くがよ、あの子、帰ってもらうわけにはいかないのか? 」
「それは、無理だろうな……。どうにも、書置きだけ残して、家出して来たみたいなんだ」
珠穂はすでにあきらめている様子だったが、やはりまだ王都からさほど離れてはいない段階で帰ってもらうのが一番安全で確実なのではないかと思った源九郎がダメ元で確認すると、今度は首が左右に振られる。
「お嬢は昔から、王都の外の世界に憧れていてな。それで、どこからどうやってかはわからないが、今回のオレたちの旅を聞きつけたらしく、家を抜け出して来てしまったんだ。昨日、予定通りに出発できていれば、追いつかれなかったんだがな……。そうまでして来たのだから、少なくとも事件が解決できるまでは絶対に帰らないと、お嬢は言い張っている。説得しようとしたが、無理だったんだ。……さっきも言ったが、無理矢理連れ戻せば最悪、お嬢の一言でオレの首が飛ぶ。だからそれはできない。ただ、旅を続けるために余計なものを捨てる、ということなら、受け入れてもらえると思う」
「あの衣装……。野盗どもに、「襲ってください」と言っとるようなものじゃからの。さっきのごろつきどもも、あの目立つ格好を見て、喜び勇んで襲って来たのじゃろうし」
巫女は強盗たちが置き捨てて行った錆びた剣を憮然とした表情で見やると、顔を男二人に向けなおし、少し近づけて、念押しをするように言う。
「決行は、今夜。このまま寝込みを襲う。あの贅沢な鎧と剣、衣装を、身ぐるみを剥がせてもらう。そして剥いだものは次の街で売って、あの者のための旅道具に変える。まともに旅ができる準備をする。実際の機能はともかく、素材は高級品じゃから良い値段で売れるであろうよ。……よいな? ことが済むまで、お主たちは周囲の見張りをしているのじゃぞ。男の出る幕はないゆえな? 」
それから彼女は、ギロリ、と三白眼で源九郎を睨みつける。
「のぞいたら……、わかっておる、の? 」
「わ、わかってるって。俺、いい年したおっさんなんだぜ? 」
「ふん、まぁ疑うべき理由もないゆえ、今は信じておこうぞ」
サムライは身の潔白を主張して両手をあげて見せたが、出会って間もないためか巫女はまだ半信半疑といった様子だった。
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