・5-9 第142話 「強盗」

 最初に聞こえたのは、枝かなにかを踏んだのであろう、かすかな「パキッ」という音だった。

 それから、小声で「馬鹿野郎! 」と罵倒する、男の声。


「おさむれーさま……」


 険しい表情で暗闇を見つめている源九郎を、焚火の火に鍋をかけて、お茶をいれるためのお湯を沸かしていたフィーナが不安そうに見上げている。


「珠穂さんは、フィーナと、そちらのお嬢様を。俺が正面、ラウルは後ろを頼む」

「……よかろう」

「わかった」


 サムライが短く指示を飛ばすと、状況を把握していた巫女と犬頭はうなずき、いつでも武器を手にできるようにしながら配置についた。


「な、なんですのっ!? どういうことですのっ!!? 説明してくださいまし! 」


 いったいこれから、なにが起ころうとしているのか。

 まるで理解することができず、戸惑ったお嬢様が動揺してわめいた瞬間だった。


「ちぃ、バレちまったじゃねぇか!? 」「かまやしねェさ、やっちまおうぜ! 」「おう、どうせまともに戦えるのは二人だけだっ! 」


 暗闇の中で我欲に目がくらんだ下卑た声が上がり、幾人もの人間が姿をあらわした。

 ぼろ布でできた粗末な衣服に、どこかで拾って来たらしい、錆びついて痛んだ鎧。

 薄汚れた肌に、ボサボサの髪、瘦せこけた頬に、爛々と輝く野生の獣のような瞳。

 典型的な、食うに困って野盗に転じた者たちだった。

 ———人数は、九人。

 正面、道がある方向から三人。左右に二人ずつ。後方からも二人。

 いつのまにか一行は強盗団によって包囲されてしまっていたらしい。


「おうおうおう、お前ら! 大人しく金目のものを渡しな! そうすりゃ、見逃してやるぜ! 」

「へへへ、上物の女までいるじゃねェか! そこの金髪、お前は一緒に来てもらうぜ! たっぷりかわいがってやるからよォ! 他のガキは見逃してやる、どうだ、おれたちは優しいだろう!? ぐっへへ! 」


 強盗たちは何本も歯が抜け落ちた口を開き、それぞれの武器を見せびらかしながら要求してくる。

 まだ事態がのみ込めずにきょとんとしているセシリアを除いた女性陣の間に嫌悪感が広がり、侮蔑する視線が強盗たちへ向けられる。だけでなく、すでに十八歳であるのにフィーナと同じ子ども扱いをされた珠穂の表情には、悔しさと怒りの感情も混ざっていた。


「さて、リーダーさんよ。向こうはああ言って来ているが、どうするよ? 」


 強盗たちの様子を油断なく観察しつつ、源九郎は確かめるまでもないことではあったが一応、リーダーにお伺いを立てる。

 答えは、返ってこなかった。

 なぜなら今まで戸惑っていたセシリアが突然、「おーっほっほっほ! 」と高飛車な笑い声をあげたからだ。


「まったく、何かと思えば、ただのごろつきではありませんか! ……わたくし、こういうのを待っていたのですわ! 」


 疲れ切って文句を垂れ流していた姿からは一転、生き生きとした表情で立ち上がった彼女はそう言うと、ビシッ、ビシッ、と、ラウルと源九郎を指さす。


「さ、あなたたち! こんな汚らわしい奴ら、ささっとこらしめて差し上げなさい! 斬る必要もありませんわ! 適当に痛めつけて、私の美しい姿を視界に納める資格すらない分際なのだと思い知らせてから、追い返してあげなさい! 」


 待っていたと言う割に、戦うのはあくまで自分以外であるらしい。

 しかも、ちょっと痛めつけたら見逃してやるつもりでいる。


(オイオイオイ、本気かよ、お嬢様!? こういう手合いは、見逃さねぇ方がいいんじゃねぇのか!? )


 源九郎が思わず視線をセシリアへと向けると、傲慢な笑いを浮かべている彼女と、呆れを通り越して怒りの表情を浮かべている珠穂、サムライと同じく驚愕し、困りきった顔をしているラウルの姿が見える。

 フィーナと小夜風も、「なにを言ってるんだろう? 」という残念そうな視線を向けている。

 ———別に、進んで相手の命を奪いたいわけではない。

 だが、目の前にいる強盗たちはどう見てもこういうことに[慣れて]いる。

 生きるためにであったのかもしれないが、誰かから何度も物を盗み、奪い、時には傷つけ、命を奪いさえして来ただろう。

 痛めつけて、それで改心するというのならそれでよい。だが、ほとんどの場合、行きつくところまで行きついてしまった彼らが改心することはない。

 見逃せば、きっとまた誰かが犠牲になるのに違いなく、斬る、とまではいかなくとも、少なくとも当局に突き出して然るべき裁きを与えるべきであった。


「ぎゃーっはっはっは! このねーちゃん、イカれてんじゃねぇのか!? 」


 強盗たちの間で爆笑が巻き起こる。

 セシリアの言葉が、おかしくてしかたがないのだろう。

 彼らからすれば、一行は絶好の獲物でしかなかった。

 明らかに旅慣れをしていないお金持ちの少女に、一見すると戦闘能力は低そうな巫女。まだ子供の、ひ弱そうな元村娘。アカギツネはきっとペットかなにかとしか思っていないのに違いない。

 それを護衛しているのは、犬頭と、奇妙な風体の大男。

 この二人に関しては腕が立ちそうに見えるが、九人を相手にできるほどとは思えない。

 わずかな障害を取り除けば、簡単に大金と、そして、一夜のお楽しみが手に入る。


「わ、笑っていられるのも今の内ですわ! 」


 あからさまに馬鹿にされているというのが分かるのか、セシリアは顔を赤くしながら怒っている。

 彼女は自分の甘さも、強盗たちの打算も、彼らから向けられる邪念にも、まったく気がついていない様子だった。


「……ったく、しゃぁねぇ」


 お嬢様の存在は足手まといでしかなかったが、しかし、彼女を強盗たちに差し出すわけにもいかなかった。

 今のところ迷惑しか受けていないし、そもそも近道をしようなどとセシリアが言い出さなければこんなことにはなっていない。しかし、世間知らずなだけで根は決して悪い娘ではなかったし、なにより、ここで見捨ててしまうのは[正義の味方]の所業としては考えられない行動であっただろう。

 それに、お嬢様の持っている甘さは、サムライがこの世界に転生して来た時に持っていたものでもある。———要するに、まだ[現実]を知らないだけなのだ。

 だから源九郎は、鯉口を切って刀を抜くとそれを顔の横で垂直に立てて八双のかまえを取り、カチャリ、と粋な音を立てながら峰打ちの態勢をとっていた。

 ラウルは双剣を鞘ごと取り出してかまえ、珠穂は懐から鉄扇を取り出して広げ、大太刀を抜いている暇がない小夜風は巫女の足元で低い姿勢をとり彼女の背中の守りにつく。

 すると、強盗たちの笑い声が止んだ。


「ああ~ん? まさか、てめぇら、歯向かう気かぁ? これだけの人数差が、わからねぇってかぁ? 」


 取り囲んでいた中からひと際体格が良い髭面の男が進み出てきて、歪んだ表情で振り子のように頭を左右に揺らしながら凄む。


「こらしめろって、お達しなんでな!! 」


 源九郎は、自ら打って出た。

 ———強盗たちは、実戦経験が不足していた。

 彼らは十分な間合いを取ってこちらを取り囲んでいると考えていたのだが、実際にはその距離は近すぎたのだ。


「ぎへぇっ!? 」


 強盗団のリーダーだったらしい髭面の男は反応する間もなく、サムライが振り下ろした刀の峰に肩の辺りを強打され、悲鳴をあげながらその場に崩れ落ちる。

 後の八人も、まともに抵抗することさえ許されなかった。

 左側面にいた二人は珠穂が投げつけた鉄扇でまず一人が倒され、次いでもう一人は驚いている間に接近して来た彼女にみぞおちに体重を乗せた痛烈な拳を入れられ、うめき声を漏らしながら膝を折った。

 後方から来ていた二人は、ラウルが両手にかまえた双剣の速度にまったく反応できず、まず手を叩かれて武器を奪われ、次いで背後に回り込んだ犬頭に背中を打たれて地面の上に転がった。

 右側面にいた二人は突然の事態に戸惑って動けなかったが、その間にリーダーの両脇にいた強盗を瞬殺した源九郎と、後方の安全を確保したラウルに挟み撃ちにされ、逃げ出そうとしたが問答無用で打ち倒された。


「命だけは助けてさし上げますわ! 大人しく、尻尾を巻いてお逃げなさい! 」


 一瞬で九人が反撃もできずに倒されたことに呆然自失となり、地面に倒れたままだった強盗団のリーダーに向かって、自分はなにもしていないのにどうしてか偉そうなセシリアが、ビシッ、と指さしながら命じる。


「や、野郎ども、ずらかれっ! 」「ひ、ひぃぃっ! こいつら、バケモンだ~っ!!! 」


 すると我に返った彼はそう叫んで自ら率先して逃げ出し、手下たちも慌ててその後を追って行く。


「お~っほっほっほっ! 愉快! 痛快! ですわ~っ!!! 」


 辺りに、実に楽しそうなセシリアの高笑いが響き渡った。

 ただ、笑っているのは、彼女一人だけであった。

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