・5-8 第141話 「謎のお嬢様:2」

 トパス一味の[スポンサー]の娘だという少女、セシリア。

 彼女が加わってからの旅路は、予想された通り難航した。

 なにしろ、初日に予定していた日程さえ達成することができなかったのだ。


「もぉっ! どうして、わたくしが野宿をしなければならないんですの!? 」


 地面から顔を出した大きな石をイス代わりにして腰かけながら、お嬢様はご機嫌斜めで文句を垂れている。


(いったい、誰のせいだと……)


 そんな彼女のことを、一行は恨みのこもったジト目で見つめていた。

 予定が狂ったのはすべて、セシリアのわがままと気まぐれのせいなのだ。

 満年齢で十六歳だという彼女はいいところの出身であるだけでなく、こうして長い旅に出ることが初めてであったらしい。

 それ故に、歩き始めた当初はよかった。ルンルン気分で先頭を行き、時折振り返っては「遅いですわよ! 」と、キメ顔で他のメンバーを指さして来たりしたものだ。

 しかし、すぐに体力不足が露呈した。

 体感時間で三十分も歩かないうちに彼女は「疲れましたわ! 」などと言い出し、動かなくなった。止むを得ず小休止を挟んでまた歩き始めたが、今度は二十分もしないうちにまた足を止めてしまった。

 こんなことがくり返されたのだから当然、思った通りには進まない。

 そこへ来てさらに、彼女は突拍子もないことを言い始めたのだ。

 きっかけは、ラウルのなにげない一言だった。


「お嬢、なんとか頑張ってください。このままでは野宿するしかなくなってしまいます」


 何度目かの休息を切り上げ、また歩き出そうとする時に「嫌ですわ! もっと休まないと、動けませんわ! 」とぐずっているセシリアをなんとか立ち上がらせようと口にしたその言葉が、彼女に危機感を抱かせ、無謀な考えを思い起こさせたのだ。


「そうですわ! 近道をいたしましょう! 」


 突然彼女は街道から枝分かれしているわき道を指さすと、これは素晴らしい名案だ、と自信たっぷりに言い放った。

 いわく、自分は出発する前に地図を見てきたのだが、街道は馬車が容易に通行できるように平坦な地形を選んで通されているため、丘を大きく迂回している部分があり、そこを、わき道を使って直進すれば早くつくに違いない、ということだった。

 その意見には、発案者以外の全員が反対であった。

 なぜなら、そんな道を通ったら絶対に音を上げてしまうのに違いない人物を一人、知っていたからだ。

 それに、整備されて人通りも多い街道から人通りの少ないわき道にそれることの危険性を、源九郎たちは全員、よく理解している。


「お嬢。そちらの道は細いですし、舗装もされていなくて歩きづらいです。このまま街道を進んだ方が楽ですし、なにより、安全です」


 他のメンバーに視線でうながされ、ラウルがそれとなく警告したが、お嬢様は聞く耳を持たなかった。


「これは決定事項ですわ! ついて来て下さらないのなら、それでけっこう。事件を解決した後で、お父様にその旨をご報告するだけのことですわ! 」


 不敵な笑みを浮かべてさっさと歩き出した彼女に、嫌々ながらも従う他はなかった。

 セシリアの父親がスポンサーである以上、その意向は確実に、トパス一味に影響を与えることができるだろう。

 なるべく早く自分の旅に専念したがっている珠穂は報酬の減額を嫌がったし、源九郎とフィーナも、人質に取られているマオの処遇を悪くされてはたまったものではなかった。

 そしてその結果が、現在だ。

 舗装もされておらず、ところどころ石が顔を出していて歩きにくい丘を越えるわき道を一行は踏破することができず、野宿せねばならないことになってしまっていた。

 すべて、セシリアのせいだ。

 彼女が旅に強引に加わり、予定をかき乱し、余計な知恵を出さなければ、今頃は最初の予定地にたどり着いて街の宿屋で夕食を口にできていたはずなのだ。


「それにしても、疲れましたわ……。歩くのがこんなに大変だったなんて……。足も痛くてたまらないですし、散々ですわ! 」


 フィーナが村から持ち出した「よく火がつくんだべ! 」と自慢の火打石を使って起こした焚火の炎を見つめながら、お嬢様は憂鬱な溜息を吐く。

 彼女は、他のメンバー、特に珠穂から向けられている刺々しい視線に気づいていない。

 お金持ちの親から蝶よ花よと育てられ、多くの使用人にかしづかれて来たせいで、他人の感情という物に思いが至らず、鈍感なのだろう。


「ぅぅ……。お腹が空きましたわ……」

「それなら、やっぱりこのパンを食べるといいべ」


 呟くその声に気づき、元村娘は少し前にみんなで夕食に食べた固焼きのパンが入った包みを再び広げ、勧める。

 道中、街の宿屋を利用して旅をし、食事もそこで摂ることを想定していたのだが、予定が狂った時に備えて念のためにと調達しておいた携帯用の保存食だ。

 しかし、前もそれを口にしようとしなかったコスプレ少女は、やはり首を左右に振った。


「嫌ですわ! なんですの、その、固くて、黒っぽいのは! そんなの、パンじゃありませんわ! 」

「なに言ってるんだべ! これは正真正銘、小麦粉で作ったパンだっぺ! ちゃんとした食べ物だし、みんなで食べてるところ、おねーさんも見てたっぺさ? 」

「嫌なものは、嫌なのですわ! しまっておいてくださいまし! わたくしはぜっったいっ、そんなものは食べませんわっ!!! 」


 強情な態度に少し腹を立てたのか、「わがままだっぺ……」と不満そうにぼやきながらフィーナは固焼きパンをつつみの中に丁寧な手つきでしまい込む。


「ラウル! 大体、どうして馬車を使わないんですの!? 馬車で行けばずっと簡単ですし、早く着くというのに! 」


 疲れと空腹で不機嫌なセシリアは、その鬱憤うっぷんの矛先を肩身が狭そうに焚火に薪をくべていたラウルへと向けた。

 まるで、それがさも当然のことであるという態度で。


「は、はぁ、それは、予算的な問題もありますし、そもそも、馬車を使って行くのではあまりにも目立ち過ぎて、贋金を作っている者たちに警戒されてしまう恐れがあってですね……」

「むぅ……。そういうことでしたの」


 犬頭が恐縮した様子で事情を説明すると、意外なことにお嬢様はあっさりと納得した。

 わがままで世間知らずではあるものの、物わかりの良い、素直な性格をしている。贋金事件を解決したいという意思も、本物であるらしい。


「なら、せめて寝床を用意してくださいな? ベッドを、とは申しませんわ! 少なくとも清潔で、石や地面のように固くなければ、それで我慢いたしますわ! 」


 だが、やはり自分が現在の状況を招いた元凶だ、という自覚はないらしい。

 平然と無茶な要求をして来る。

 ———その時、今まで黙って地面の上にあぐらをかき、鞘に納まった刀を自身の肩に立てかけながら、瞑想するようにじっと両目を閉じて会話を聞き流していた源九郎は唐突に双眸を開くと、勢いよく立ち上がっていた。


「な、なんですの? わ、わたくし、なにかお気にさわるような」

「シっ! 静かにせい! 」


 戸惑うセシリアを、珠穂が鋭い声で制する。

 サムライが立ち上がった理由。それは、お嬢様のわがままにいよいよこらえられなくなったからではなかった。

 即席の露営の外、日が暮れて夜の闇が訪れた中に、かすかに、何者かが接近してくる足音を聞いたからだ。

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