・5-7 第140話 「謎のお嬢様:1」

 犬頭とコスプレお嬢様の話し合いは、小一時間ほどもかかった。

 交易を経済の柱としているメイファ王国が手塩にかけて整備した、幅員の大きな街道の反対側で行われている会話は断片的にしか聞こえてこなかったが、感情的になる場面が何度もあった。

 雰囲気としては、ラウルがなんとかなだめようとし、少女が高飛車に自身の要求をのませようとする、という感じだ。


「いつ、終わるんだべか……」


 強い日差しを避けるために木陰に避難し幹を背にしてしゃがんでいたフィーナが、行きかう旅人たちや馬車を眺めながら退屈そうに呟く。


「元はと言えば、そなたが声をかけたからであろうが」


 そんな元村娘に、隣の木で日差しを避けていた珠穂が責める口調で言う。


「お主があそこで声をかけなければ、わらわたちはあのまま立ち去ることができたのじゃ」

「んなこといわれたって……」


 その言い方に、フィーナは不服そうに唇を尖らせる。

 故郷の村では年長のお姉さんとして年下の子供たちに慕われていた、面倒見の良い彼女のことだ。

 外見上は年上とはいえ明らかに世間知らずで、しかし、一生懸命に追いかけてきていたあの少女のことが放っておけなかったのだろう。


「まったく……。わらわたちは、急いでおるというのに」


 親切心ゆえの行動だというのはわかっているのか、珠穂はあきらめたようにそうぼやくと、編み笠を目深に被って表情を隠した。

 ここで口論するつもりはない、ということだろう。

 ———やがて、ラウルと、謎のお嬢様が戻って来る。

 どうやら話はついた様子だったが、あまり首尾よい結果ではなさそうだった。

 なぜなら、犬頭はどこかしょんぼりとした困り顔であるのに対し、コスプレ少女の方は、得意満面の表情を浮かべていたからだ。


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「というわけで、これからあなたたちと一緒に旅をさせていただくことになりました。セシリアと申します。よろしくお願いいたしますわ! 」


 戻って来た二人に物憂げな視線を向けて来る三人と一匹に対し、一行を待ち伏せしていたお嬢様、RPGのキャラクターにしか思えない派手な装束に身を包んだその少女はそう自己紹介すると、優雅に、どこかの御姫様が社交界の場で見せるようなスカートを両手でつまむ仕草と共に軽く足を屈伸させ、一礼して見せる。

 ———というわけで、とは、どういうわけなのか。

 説明を求める、という容赦のない視線を向けられたラウルは、セシリアの右斜め後ろにまるで従僕みたいにかしこまって直立しながら、苦しそうに口を開く。


「あー、えー、こちらのセシリア嬢は、ウチのスポンサーをしている、さる名家出身のお方でな。贋金作りの話を聞き、ぜひ、ご自身の手で解決したいとお考えになり、こうしてオレたちが通りかかるのを待っていたのだそうだ。……誠に遺憾ではあるが、これからこの愉快なパーティに加わっていただくことになった」


 黙って犬頭がなにをどう説明するのかを聞いていた源九郎をフィーナが手招きした。サムライが身体をかがめて耳を近づけると、口元を手で隠しながらこっそりと聞いて来る。

 わからない言葉があったらしい。


「おさむれーさま。えっと、すぽんさー? って、なんだべか? 」

「ああ、それはな……。ある仕事をするのに必要な費用を出してくれている相手、っていうことだ。出資者っていう奴だな。その見返りに、儲けが出たらその内のいくらかを渡すんだ」

「ふぅん……? やっぱりあのお姉さん、すんげぇお金持ちなんだな」


 サムライの説明に納得した元村娘は感心してうなずき、視線をセシリアの方へと戻す。

 ———美しいお嬢様だった。

 身なりに金銭がかかっており、目を惹く、というだけではない。

 その元々の容姿も、人間基準では破格と言えるほどに整っている。

 ウェーブのかけられた長く美しい金髪。エメラルドのように輝く瞳に、長いまつ毛。鼻筋も通っていて、まるで芸術家が丹精込めて精一杯整えた彫像のようだ。肌のきめも細かく、張りと潤いがあり、そういう身だしなみに時間とお金をかけられる生活を送って来たのだということが見て取れる。

 身長も高い。おそらく百六十センチ以上はあるだろう。まだ幼さの残るフィーナや、百五十センチあるかないかといった程度の珠穂と比べるとその差がはっきりとしている。

 お金持ちの家のお嬢様らしく、普段から贅沢なものを食べているのだろう。発育状態もよく、女性らしい膨らみがはっきりとしている。

 身に着けている衣装がそういう身体のラインを強調するように、見せつけるようにつくられている、ということもあるのだろう。

 令和の日本で言えば、アイドルとかタレントとしても食べていけそうな、そんな容姿の持ち主だった。


「なんじゃ、お主らには出資者なんぞがおるのか? 贋金作りの秘密を独占しようと企む、悪党のくせに? 」


 珠穂が、胡散臭い、という視線をラウルへと向けている。

 確かに、誰かからの出資を得て悪事を働いているというのは、あまり聞きなれない話だった。


「ああ、まぁ、その……。オレたちにも、いろいろ原資が必要だったってこと、さ」


 犬頭はそう答えるが、やはり落ち着きがなく、言いにくそうにしている。


(こりゃ、話を作ってるな)


 さほど鋭い方ではないと自覚している源九郎にさえそうとわかってしまう、あからさまな態度だった。

 しかし、そういう嘘を共有しているはずのお嬢様の方は、堂々としている。

 それどころか、ドヤ顔だ。


「そうですのよ! あなたたちの活動資金は、わたくしのお父様がお出しになっているのですわ! ですから、これからの働き次第で、報酬も増えるかもしれませんわ! せいぜいお仕事を頑張って、わたくしたちに尽くしてくださいませ? 」


 報酬が増えるかもしれない。

 それはありがたいことではあったが、同時に、源九郎たちはうんざりとさせられていた。

 この高飛車な、傲慢なお嬢様がする模範みたいな高笑いポーズを決めて「おーっほっほっほっ! 」と屈託なく笑っている少女、セシリア。

 報酬の出所がその父親であるというのなら、すなわち、彼女のご機嫌を損ねようものなら、逆に減額されることもあり得る、ということなのだ。

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