・5-6 第139話 「待ち伏せ:2」

 突然一行を呼び止めた少女。

 彼女は、意外としぶとかった。


「なんでお逃げになるのよ~っ! お待ちなさいよ~っ!! 」


 さほど運動慣れしていないのか早くも息切れし始めている様子だったが、それでも必死に追いかけてきている。


「せっかく準備して待っていたのですから、お話くらいは聞いてくれてもよいではないですかーっ!! 」


 関わり合いになったら、面倒なことが増える。

 直感ではそれは明らかなことであったが、ここまで一生懸命に言われると、なんだかコスプレ少女のことがかわいそうにも思えてきてしまう。

 ちらりと背後へ視線を送ると、いわゆる女の小走りで、辛いのか両目を閉じつつもまだついて来ていた。だから源九郎は、先頭を走っている犬頭にたずねずにはいられなかった。


「なぁ、ラウルさんよ。ああ言っているが、どうするんだ? 」

「ダメだ」


 しかし、返答はつれないものだ。


「このまま振り切る。決して振り返るな。これ以上の厄介ごとは、ごめんだ」

「ラウルに賛成じゃ。わらわとしてはさっさと仕事を終わらせて、自分の旅に戻りたいからの」


 体力的にバテつつある少女を振り切ってしまうことに、犬頭も巫女も賛成の様子だった。


(そりゃ、俺だって厄介ごとは嫌だけどよ)


 すでに厄介ごとなら十分すぎるほどに抱え込んでいる。

 正直に言えば、明らかに関わったら面倒なことになる相手には近寄りたくなかったが、しかし、走り慣れていないのにこれだけ頑張って追いかけてきているのだから、なにか特別な理由でもあるのではないかと思えてしまう。


「ふぎゃんっ!? 」


 その時、背後でズシャッという音共に、くぐもった悲鳴があがる。

 ———振り返ると、一行を追いかけてきていた少女がその場に倒れこんでいた。

 どうやら追いかけるのも限界だったらしく、足をもつれさせて転んでしまったらしい。幸い手を先に突いた様子で怪我はなさそうだった。


「ちょうどいい。この隙に振り払うぞ」「じゃな」


 転んだどこぞのお嬢様の姿を見ても、ラウルと珠穂は動じなかった。

 二人はそのまま走り去ろうとする。


(いや、さすがに薄情過ぎねぇか……? )


 足を止めていた源九郎がそう思って、前に進み続ける二人と一匹と、その場にしゃがみこんで半泣きにしまっている少女を交互に見やっている時だった。

 同じように立ち止まっていたフィーナが、たたたた、と元来た道を戻っていく。


「あ、待て、行くなっ! 」


 それに気づいたラウルが踵を返し、慌てて手をのばしたが当然それは届かないし、その時にはもう、元村娘は「大丈夫だっぺか? 」と、コスプレ少女に手を差し伸べていた。


────────────────────────────────────────


 結局、一行は足止めを食らうことになった。

 声をかけてしまった以上、そのままはい、さようなら、というわけにはいかなかったからだ。

 一行を待ち伏せしていた少女に怪我はない様子だったが、転んだために美しかった衣装が薄汚れてしまっている。

 立ち上がった彼女の服をフィーナがぱっぱっ、と手で丁寧に払ってやると大体きれいにはなったが、しかし、天真爛漫そうなツリ目の端には涙が浮かんだままだった。

 走らされて、転んでしまったからではない。

 あからさまに無視され、避けられたことに対する悔しさと、寂しさゆえの涙だった。


「ラウル! どうして、わたくしを無視なさったの!? 」


 そして少女は、渋々集まって来た犬頭の獣人に遠慮なく人差し指を向けると、そう言って詰問した。

 ———ラウルを一応のリーダーとしてパーティを組んでいた源九郎、フィーナ、珠穂、小夜風の視線が、一斉に双剣使いへと集中する。

 名前を知っている、ということは、コスプレ少女とラウルは元々、知り合いだったということだ。

 それなのに、そのことを隠し、他人のフリをして置き去りにしようとした。

 訳アリの気配が濃厚に漂っている。


「あー、その、お嬢? ここではなんですから、お話はそちらでしませんか? ねっ? 」


 自身に突き刺さる視線を感じているのか、ラウルは冷や汗を流しながら愛想笑いをして、道端の茂みを指さす。


「なんですの? お話ならここでもできますでしょう? つべこべ言わずに、わたくしも一緒に連れて行ってくださいまし! 」

「そんな、そういうわけにはいかないんですよ! とにかく、こちらにも事情があるんですから、ささ、こちらで、ねっ? 」

「あ、ちょっと、引っ張らないでくださいまし!? 」


 犬頭は焦っている様子だった。

 不審を募らせた源九郎たちが首を突っ込んでくる前になんとか決着をつけたいというのか、彼は強引に少女の手を引くと、有無を言わさず引っ張っていき、茂みの向こうに姿を消した。

 その姿を見送った三人と一匹は、互いに素早く視線をかわすと、うなずき合う。

 それから全員で足音を忍ばせ、そっと茂みへと近づいていくと、突然向こうからにゅっと頭部だけをラウルが突き出した。

 愛想笑いを浮かべたままだったが、その目は少しも笑っていない。


「オレはこれから、こちらのお嬢様と少々、大事な話をさせてもらう。……言っておくが、のぞき見しようとか、盗み聞きしようとか思うなよ? タチバナ、それに娘、人質を取っているってことを忘れないように。それとそっちの旅人とキツネ。逆らったら報酬、減額になるからな? わかったな? 」


 これからなにが話し合われるのか。ラウルとコスプレ少女はどういう関係で、なぜ、無視して置き去りにしようとしたのか。どうして知り合いであることを隠そうとしたのか。

 気になってしかたがなかったが、そう言われてしまうと引き下がらざるを得ない。

 しかたなく源九郎たちは街道の反対側に移動し、二人が話を終えるのを待つことにした。

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