・5-5 第138話 「待ち伏せ:1」

 贋金事件の謎を明らかにし、製造方法を持ち帰る。

 その旅路は前途多難であったが、どうやら厄介ごとはさらに重ねて襲って来たようだった。

 まだ東の水平線近くに太陽がある時に王都を出発してから、数時間。

 小休憩を挟んで旅を再開した一行の背後で突然、「お待ちなさい、あなたたち! 」という、高飛車な命令口調の女性の声が聞こえてきた。

 ———源九郎たちが一斉に先ほど通って来た場所を振り返ると、そこにはやたらと自信ありげな、いわゆるドヤ顔をした少女が両手を腰に当てて仁王立ちしていた。


(ゲームとかアニメの主人公みたいな格好だな……)


 第一印象は、まさにRPGに登場するキャラクターであった。

 白銀に輝く、見栄え重視でやたらと開口部の多い鎧。アニメなどでよく見かける素肌を大きくさらした格好ではなく、あくまで実際の甲冑を元にして作ったらしいデザインだが、とても[実戦]に向かうためのものとは思えない、軽薄な造りをしている。

 身なりも、やたらと小綺麗だ。

 昨日洗濯したばかりといった様子の、色鮮やかな衣服を鎧の下に身に着けている。素材は、独特の光沢がある生地だからおそらくは絹だろう。濃い青の染色が鮮やかだ。背中には丈の短いマントまで翻している。

 そして腰には、申し訳程度の武装として剣が一本差してあった。宝石などによる装飾こそなかったものの人を斬るためではなく、見せつけるために派手で見栄えよく作られている剣で、その刀身はあまりにも細く華奢で、いわゆるレイピアと呼ぶにも少し貧弱過ぎると不安になってくる代物だった。

 どういう根拠なのか自信に満ち溢れている顔立ちは、端正に整っている。肌は少しも日焼けした様子がなくきめ細やかで、長く延ばした金髪は毎日時間をかけてケアをしているのかつややかで枝毛もない。ウェーブがかけられているが、これもファッションのためにわざとそうしているのだろう。金の糸でできているのではないかと思わされる美しい髪の波間の中には白い花の髪飾りが添えられており、爽やかで活発的なアクセントを加えている。

 その双眸は、美しい碧眼だ。珠穂と同様、勝気そうな印象だったが、こちらにはあまり落ち着きはなさそうだ。

 おそらく、街道の脇の茂みにでも隠れていたのだろう。前髪の辺りに葉っぱが乗っているのが少し抜けて見えて、滑稽だ。もっとも、少女のあまりの異質な登場っぷりに、笑う気にもなれなかったが。

 ———源九郎たちの身成りとは対照的な姿だった。

 一行はみな、鎧などは身に着けていない。身軽に動くことができる着慣れた普段着だ。

 旅の間長く歩き続けなければならないから重い鎧はできるだけ身につけたくなかったし、荷物になるので運びたくもない。だから武器だけを持って旅をするのが一般的なのだ。身につけるとしてもせいぜい、ラウルのように革製の軽量な鎧を、全身にではなく急所のみを守るように身につけるだけだ。

 それに、衣服の布地も全然違う。

 少女は高価な絹で身体を包んでいるが、源九郎たちは毛皮だったり、綿だったり、麻だったりと、より安価で入手しやすい生地で作られた服を着ている。しかも長く着続けてきたものだから、よれたりすれたり、しわができたり、薄汚れたりもしている。

 珠穂の巫女服は遠目には美しく見えたが、近づくと彼女が自身の手で縫い合わせたり当て布をしたりした形跡が散見され、過酷な旅路を経てきたことを容易に想像させてくれる。

 しかし、少女にはそんな、旅慣れた、という様子はまったくなかった。


(まるで、そう……、コスプレって奴だ)


 その格好の人物になりきるために衣装を身につける、趣味。

 令和の日本では一つのれっきとした文化として成立していたコスプレに見えた。

 一応武装はしているが、野盗の類にはまったく見えない。

 野盗というのは大抵、通常の手段では食って行けなくなった、追い詰められた者たちが行う行為であって、生活にはまったく苦労していなさそうなお金持ちの少女がすることではなかった。

 時代劇でよくある、立場のある者がスリルを求めてする[辻斬り]という可能性も一瞬だけ脳裏をよぎったが、どう考えても目の前にいる彼女は人を斬れそうにない。剣も貧弱だし、なにより腕が細く、華奢過ぎる。

 ———いったい、あの少女は何者なのか。

 どうして、一行を呼び止めたのか。

 源九郎がなにかを言うよりも先に一歩前に出た珠穂が口を開こうとしたが、まるでそれを制するように背後で大げさな咳払いがされた。

 ラウルだ。


「みんな、気にせずに行こう。……あのお嬢さんはきっと、退屈を持て余して乱心したんだ」


 説得力のある言葉だった。

 実際の役にはほとんど立たなそうな鎧といい、「私を見て! 」と自己主張しているとしか思えない派手な衣服といい。

 どこかの、おそらくは王都に住んでいるお金持ちの物好きなお嬢様がお遊びでしていることとしか思えなかった。


「……こればかりは、お主の意見に賛成じゃ」「だな。関わっていたら日が暮れちまうぞ、きっと」「んだんだ。ここは王都からもちけーし、お金持ちのお姉さんが気まぐれでやってんだべさ」


 関わり合いになるだけ無駄だ。

 そう判断した一行は次々とそう呟くと、踵を返し、旅を再開する。

 ただの遊びでやっているのだから、なにを目的にして声をかけてきたのかは知らないが、無視すればあきらめてくれるだろう。

 そんな風に考えていたのだが、しかし、一筋縄ではいかなかった。


「ちょ、ちょっと、あなたたち! お待ちなさい! ……お待ちなさいったら! 」


 自分を放置してさっさと先に進んで行こうとする一行の態度に慌てた様子でそう叫びながら、少女が追いかけてきたのだ。

 もう誰も後ろを振り向かなかったが、彼女が身に着けた鎧がカチャカチャ鳴る音とタッタッタという足音でわかる。


(軽いな……)


 源九郎はその鎧の音を聞いて、渋面を作っていた。

 本物の、装備した者の命を守る鎧というのは、もっと重そうな音がするものなのだ。

 剣でも槍でも矢でも、致命傷を避けるためには相応の厚みを持った鉄製や革製の材料がいる。まともな防御力を持った鎧と言というのは、必然的にある程度の重さを持つ。

 それなのに聞こえてくるのは、ペラペラの、指で押せば[ぺこん]とへこむのではないかと思える素材で作られているのに違いないと確信できるほど、軽々しい音なのだ。


「……少し、走るぞ」


 ラウルの判断は早かった。

 彼は短くそう告げるのと同時に駆け始め、珠穂も、小夜風も、源九郎も、フィーナも後に続いた。

 ただでさえ、不安な旅路なのだ。

 これ以上、どんな厄介ごとも増やしたくはなかった。

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