・5-4 第137話 「裏の気配」

 先頭をラウル、続いて珠穂と小夜風、フィーナ、最後尾に源九郎。

 四人と一匹のにわか作りのパーティは、トパス一味が運営している両替商を出発すると西の城門へと向かい、そこで行われていた検問をあっさりと抜けた。

 この王都、パテラスノープルに入る時にはかなり厳重に、くどいほど手間をかけて検査されたのだが、出る時はほとんど時間がかからなかった。


「王都に入る時の厳しい検問は、偽プリーム金貨が市場に大量に流れ込むのを防ぐためのものなのさ。だから、出ていく時はザルなんだ。……もっとも、肝心の入る方の検査でも、やり方があれでは、な」


 検査官からなんの問題も指摘されずに王都を出ることに成功した後、街道を西に向かって進みながらラウルが小馬鹿にした口調で言う。


「けどよ、なんで城門の検査は、あんたたちが言う[無意味な]やり方のまんまなんだ? 贋金に魔法が使われているっていうんなら、そのことを教えてやればいいじゃないかよ? 」

「言ったさ、とっくにな」


 城門に向かって長く連なった行列を横目にしながら源九郎がふと思った疑問を口にすると、犬頭は大仰な仕草で両手を左右に広げて見せた。


「けれど、どういうわけか当局はまともに動いちゃくれないかったのさ。魔法が使われているかどうかを見なけりゃいけないのに、旧来の、意味のない検査を続けているんだ。……やらされている方は、たまったもんじゃないだろうな! 検問所には魔術師もいるんだから、薄々、贋金のカラクリに気づいている奴だっているはずなんだ」

「なんぞ、裏がありそうな気がするのぅ……」


 そのラウルの話を聞いて、背中に大太刀を背負った珠穂が編み笠の下からのぞく双眸をすっと細めた。


「ま、そういうわけで、オレたちが自分で調査に乗り出さないといけないっていうワケさ。……当局側にどんな事情や都合があるのかは知らないが、贋金の流入を本気で阻止するつもりがないって言うんなら、まぁ、割合のいい[商売]ができる可能性はある」


 表面的には偽プリーム金貨の流入を警戒し、見える形で検査を強化してはいるものの、その実態は贋金を素通りさせてしまっている。

 ———非常に、臭う話だ。

 検査をする側の当局が犯罪組織と癒着しているという可能性もあるし、もっと他に、想像もつかないような[裏]があるという可能性もある。

 そしてもしそうであるのなら、トパスたちが現在進行形で贋金を作っている組織と立場を入れ替え、利益を得るということもできてしまうかもしれない。

 彼らが熱心に偽プリーム金貨を追っているのは、こういう背景もあるらしい。


「悪者……」「浅ましや」


 自分の旅荷物を背負って歩いていたフィーナが三白眼で先頭を行くラウルをねめつけながら、珠穂は嘆息しながら、憮然とした表情を作る。


「おいおい、先立つモノはなんとやら、だろ? 金ってのは大切だぞ? 第一、旅の巫女。お前だって路銀欲しさに協力してるんじゃないか。浅ましいオレたちからの金をもらってな」


 しかしラウルは少しもこたえた様子はなく、罪悪感も覚えていないのか、皮肉を返してくる。

 その言葉にさらに表情を険しくした珠穂は、語気を強めて反論した。


「わらわには、なんとしてでも成さねばならぬ旅の目的があるのじゃ。お主と一緒にされてもらっては困るぞ」

「へぇ、旅の目的か。なら、アンタはなんで旅をしているんだい? 」

「ぬぅ……。それは、秘密じゃ。どうせ一時の関係でしかないのじゃから、教えてやる義理もないはずじゃ」

「ほっほぅ、偉そうな口をきく割に、その御大層な旅の目的とやらは言えないんだな? 本当にそんな目的があるのかどうか、怪しいもんだなぁ? ……なぁ、タチバナ? 」

「こっちに話を振るんじゃねぇよ」


 源九郎を振り返って話題を振って来る犬頭に、サムライはあからさまに迷惑そうな表情を向ける。

 珠穂の旅の目的。それは、確かに気になることだ。

 ラウルもそう思っているからこそ、こうしてあえて挑発し、なんとか聞き出そうとしているのに違いなかった。

 昨晩、眠る前に鉄格子越しに会話してみたところ、彼女の故国、[東雲国しののめこく]という国は、このメイファ王国から遥か東、何か月も、場合によっては年単位をかけて大陸を横断し、そこからさらに海を越えた先にある国なのだそうだ。

 そんな遠くから三年以上もの月日をかけ、はるばる大陸を横断してこの地にまでやって来たということだった。

 本当に日本のような場所があるらしく、東雲国には源九郎のような[サムライ]もいるらしい。

 珠穂の年齢は、満年齢で十八歳。数え年なら十九歳。

 大人びた雰囲気から二十代かと思っていたのだが、どうやら、小夜風だけを供として長く旅を続けて見知らぬ土地をさすらって来たという経験から、実年齢よりも年上に見えていたらしい。

 多くの困難があったのに違いないが、それを乗り越えてここまで旅を続けてきたのだ。

 単純に観光目的でやって来たわけではなく、実際になにかの目的を持っているのに違いなかった。


(気になる……)


 気にならないという方がおかしいだろう。

 しかし、今話を振られるのは、迷惑でしかなかった。

 なぜなら目の前をトコトコと歩いていた小夜風が、その身に青い燐光をまとい、敵意むき出しの視線をラウルへと向けているからだ。

 下手に珠穂の素性を探ろうとして、その相棒の善狐に噛みつかれでもしたらたまったものではない。


「おお、怖い、怖い」


 今にも飛びかかって来そうな様子の善狐の様子に気づいた犬頭は、おどけて肩をすくめてみせると前の方を振り向く。

 これ以上の挑発をしてみても、巫女たちからその旅の目的を聞き出すことは無理だとあきらめたのだろう。

 ———それからはなんの会話もなく、一行は黙々と西に向かって歩き続けることとなった。

 元々、仲が良くて一緒に行動をしているわけではないのだ。

 険悪な雰囲気に、本来ならばなにかおしゃべりをしながら旅をしたい様子のフィーナも、話しかけることを躊躇って困った顔をしながら歩みを前に進めている。


(参ったな……。裏のありそうなことばっかりだし、ギスギスしていやがる)


 源九郎は、憂鬱にならざるを得なかった。

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