・5-3 第136話 「マオとの別れ」
新たな出発は、翌日の早朝になった。
日の出と共に行動を開始するのは令和の時代の日本では「早起き」と呼ばれる行為であったが、この世界ではこれが当たり前だ。
中世、あるいは近世に相当する時代にある世界だ。現代の都市部のように、夜でも明るいということはない。
松明や
だから人々は日が昇って明るいうちにできるだけ用事を済まし、夜、暗くなればさっさと寝てしまうという生活をしている。
それに、トパス一味は贋金作りの出所を探るのを急いでいた。
精巧な贋金の製造方法を独占して大儲けしようと企んでいる連中は他にもいるかもしれず、そういった競争相手を意識してのことらしい。
「まさか、牢獄に一泊することになろうとはな……」
一夜をラウルに案内された牢屋のベッドで過ごした珠穂は、朝、起き出してくると疲れたように呟いた。
朝日が昇ったら活動を開始し、日が沈んだら休む。
そういう生活が定着しているから彼女も朝に弱い、ということはないはずだったが、暗い檻の中では熟睡できなかったのだろう。
それから彼女は、地下にあって昼夜など分からない牢獄までこれから出発するメンバーを起こしにやって来たラウルのことを不満そうに睨みつけた。
すると犬頭は、ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべて肩をすくめてみせる。
「おいおい、ウソは言ってなかっただろう? ベッドはあるし、ちゃんと清潔だったはずだ。食事だって、まともなものを出しただろう? 」
「それは、そうじゃが」
珠穂は納得がいかない様子だ。
彼女は立場としてはあくまで臨時に雇用されただけであって、源九郎たちの様に人質を取られて無理やり働かされているわけではなかった。
そうであるのなら、それなりの待遇というものがあって然るべきと、そう考えているのだろう。
それに、いわゆる[いいところの出]といった雰囲気がある。
マオの脱走事件の際も自身は直接手を下さずに小夜風に戦わせていたし、人に指図することに慣れている様子だった。
おそらく、気位の高い性格なのだろう。
(自分に誇りを持ってるタイプ……、嫌いじゃないぜ? 過剰じゃなければな……)
源九郎は敢えて珠穂に背中を向け、会話だけに聞き耳を立てて旅立つ前のストレッチをしながら、内心でそんなことを思っていた。
気位の高いタイプには、彼は二種類あると思っている。
一つは、自分の能力以上に自身を過大評価し、天狗になっているタイプ。
もう一つは、明確な目標を持ち、その達成のために必死に頑張っているタイプ。
前者は多くの場合生まれ育った環境が恵まれており、なんでも望みが叶ってしまうので、親や周囲の力を自分のものだと勘違いしてしまって命令すればなんでも自分のもい通りになると信じている、残念な性格だ。
しかし、後者は違う。
日々後悔のない、自分にも他人にも誇れるだけの研鑽を怠らずに積んでいるからこそ、プライドが高いし自信を持っている。
得てして、前者はいざという時には役に立たないが、後者はしっかりとその実力を示してくれる。
源九郎は、自分自身は後者でありたいと考えていたし、相棒にするにしても同じ側の人間の方が望ましいと、常々考えている。
たとえば、———かつて親友だと信じたこともある相手、光明なども、そうだった。
「それじゃ、マオさん。おらたち、行って来るだよ! 」
「は、はい、フィーナさん……。き、気をつけて、行って来てくださいですにゃ」
一方では、牢獄から出られると知って嬉しそうな元村娘が、彼女と入れ違いに監禁されることとなった
「ところでマオさん、お加減はいかがだっぺか? やっぱり、まだよくねーだか? 」
「え、ええ……、まだ、あまり」
彼女は、マオが脱走事件を起こしたことは知らない。
だから一緒に旅をしていた時と変わらない、屈託のない笑顔を向けている。
フィーナのことを考えず恐怖から利己的な行動に走ってしまった
「ニセガネ事件、おらとおさむれーさまでズバッと解決してくるから、マオさんはしっかり休んで元気になってくんろ! ……そんでみんなでこっから出たら、悪党どもを一緒にやっつけるんだっぺ。ぜってー戻って来るから、まっててな! 」
元村娘は、ベッドにうずくまったまま顔をあげない[友達]を励ますように言うと、数メートル先で珠穂と言い合っているラウルに聞こえないように声を落としてそう言った。
「は、はい……、です、にゃ……」
少し顔をあげ、すぐにまたうつむけてしまった
(マオさん……)
事情を知っている源九郎にはそれが、マオの罪悪感ゆえの物であることがよくわかった。
彼は確かに[仲間]を危険にさらしてしまった。それは許されざる行為だ。
だが、そうしようと思って、わざとそうしたわけでもなかった。
自分に向けられて来る敵意が怖くて、いてもたってもいられず、脱走するという行為がもたらす[結果]について思い至らなかったのだ。
贋金事件を解決し、この場に戻って来るまでの間、彼が自分にしてしまったことにどう向き合い、フィーナにどう接することとするのか。
源九郎は良い結論が出せることを祈らずにはいられなかったし、自分にできることなら手伝おうと決めた。
「さて、ここでダラダラしていても、仕事はなにも進まない。さっさと出発しよう」
やがて一応のリーダー、ということになっているラウルが、ぽん、と手を叩いて合図をした。
どうやら、ケストバレーに向かって再出発する時間になったようだった。
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