・5-2 第135話 「仕切り直し:2」

 少しツラを貸せ。

 悪党たちの親分、トパスにそう呼ばれた源九郎は、マオと入れ違いに牢獄から出ることのできたフィーナを引き連れ、両替商の地下施設の奥、最初に偽プリーム金貨のことを教えられた部屋へと向かった。

 そこには、三人と一匹が待っていた。

 一人はサムライと元村娘を呼びつけた禿頭のドワーフ。

 もう一人は、水で濡らした布を殴られた部分にあてて冷やしながら憮然とした表情で隅のイスに腰かけているラウル。

 後の一人と一匹は巫女とアカギツネで、他の二人とは一定の距離を置きながら、人間の方は壁に背中でよりかかり、善狐はその足元でお行儀よく座っている。大太刀は金銭を対価として協力する約束を交わしたため返却されていたが、地下に持ち込むにはあまりにもかさばるために上に預けて来た様子で背負っていない。


「さっそくで悪いがよ、まずは自己紹介でもしてくれ。とりあえず、贋金の出所をぶっ潰して、その製造方法をいただいちまうまでの間は、仲間として働いてもらわねぇとなんねぇんだからな」


 源九郎とフィーナが部屋に入って来たのを確認すると、トパスは厳つい声でそう命じた。

 どうやら、新しいメンバーの顔合わせをさせるために呼んだらしい。


「オレの名は、ラウル。一応このパーティのリーダーを任されることになっている。得意な武器は、知っていると思うが二刀流だ。よろしく」


 まずは犬頭の獣人からそう名乗りを上げる。


「俺は、立花 源九郎だ。不本意だが、贋金事件を解決して、人質を解放してもらえるまでは協力させてもらう。得手はこの刀だ」


 それにサムライが続き、人質を取っている間は信用できそうだということで返却してもらうことができた、腰に差した刀の柄に手を当てて見せる。

 その様子を見たフィーナが、慌てて口を開いた。


「お、おらはフィーナっていうだ! 戦うことはできねぇけんど、その分、お料理とか、お洗濯とか、あと、荷物持ちとかで頑張るだで、よ、よろしくおねげーするだ! 」


 ラウルが小さく溜息を吐く。

 まるで「子供の御守はごめんだぞ」とでも言いたそうな様子だったが、トパスがイスをギィと鳴らしながら睨みつけると首をすくめて愛想笑いを浮かべる。

 殴られたのがよほどこたえているらしい。


「わらわの名は、珠穂たまお。そしてこちらは、善狐の小夜風さよかぜじゃ。旅を続けるために路銀が必要じゃから、一時、そなたたちと手を組むこととなった。短い間になることを願っておるが、まぁ、よろしく頼む」


 最後に、巫女とアカギツネが名乗った。

 これでようやく、彼女の名が明らかとなる。


(やっぱり、和名なんだな)


 日本らしい響に、自然と懐かしさを感じずにはいられなかった。

 この世界に転生して来てそれほど経ってはいないはずだったが、もう、前世での生活は遠い記憶の中だけのものとなりつつある。


「やれやれ、先が思いやられるわい。ま、ワシが組んだパーティなんだけどよ」


 四人からそれぞれの自己紹介を聞いたトパスは、そう言うと肩をすくめてみせる。


(実際、不安しかねぇよな……)


 源九郎も、彼とまったく同感であった。

 自分とフィーナはいい。

 村を出て以来ずっと一緒に旅を続けて来たし、お互いの関係も良好。戦闘面ではサムライが、日常生活での支援では元村娘がと、役割分担もしっかりとできている。

 しかし、ラウルと、珠穂。

 犬頭はどうにもトパスに殴り飛ばされたことでふてくされているような様子があり、珠穂は懐事情から協力することになったものの、やはり悪に加担することには抵抗があるのか距離を置こうとしている。

 こんな状態で、贋金事件の真相を暴き、目的を果たして帰ってくることができるのかどうか。

 非常に心もとない状況だった。


「そういや、親分さん。最初に一緒だった鼠人マウキーはどうしたんだ? 奴も来るんじゃないのか? 」

「アイツは誰かさんにぶっとい薪でぶん殴られちまったからな。深くはないが怪我をしてるんだ」


 メンバーの相性の問題、そして少なさを感じずにはいられなかった源九郎が、共にマオの脱走を阻止しようとした鼠人マウキーはどうなったのかとたずねると、トパスはそう答えながら軽く珠穂の方を見やる。


「これでも、手加減はしたつもりじゃ」


 巫女はつっけんどんな口調でそう言うと、日差しのない地下であるというのに脱ごうとせず身に着けたままの編み笠を目深に被った。


「な、ならよ、他の手下はどうなんだ? ついて来てくれないのか? 」

「こっちももっと人を出したいのは山々なんだがな。生憎、本業もあるし、王都に流通してる贋金を回収するっていう仕事もあるしで、人員を割けねぇんだ。……一人でも二人でもポンと出せるようだったら、そこのお嬢さんに依頼なんか出してねぇ」


 他の手下を回してもらうこともできないらしい。

 このメンバーで出発する以外にないということを受け入れざるを得なかった源九郎は、口をへの字に引き結んで、前途多難を思って憂鬱にならざるを得なかった。


「ま、せいぜい今晩は、ゆっくり休んでくれ。……ケストバレーへの出発は、明日、あらためてにしてもらう。今から出たんじゃ、王都から大して離れられないうちに日が暮れちまうだろうし、いろいろあっておめぇさんたちも疲れちまっただろうからな。……幸い、部屋はたくさん余っとる」


 これが、現状で切れる最良の[カード]だ。

 トパスはすでにそう割り切っているらしく、このパーティに贋金事件を解決させ、将来の大儲けのとっかかりを作らせるつもりであるらしかった。


「ほぅ? ここは宿屋には見えぬが、わらわたちも休める部屋がるというのか? そうならば、ありがたいのじゃが」


 部屋はあるという言葉に興味を示したのは、珠穂だけだった。

 源九郎もフィーナも、ラウルにも、話のオチは見えきっていたから、無反応だ。


「おう、快適とは言い難いが、少なくとも手入れはしてあって清潔なベッドと、簡単でよければ食事もつくぞ! 」

「なかなか親切ではないか。ならばぜひとも、厄介になろうぞ」

「へへ、まかせておきな。……さて、ラウル。部屋に案内してやってくれ」


 意味深な笑みを浮かべるトパスに命じられ、立ち上がって肩をすくめたラウルは、「こっちだ」と言って部屋を出ていく。

 嬉々としてその後について行く珠穂と小夜風、対照的につまらなさそうな顔でついて行く源九郎とフィーナが案内された[部屋]。

 そこはやはり、地下の牢獄であった。

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