:第5章 「問題の多いパーティ」

・5-1 第134話 「仕切り直し:1」

 マオの脱走未遂事件と、旅の巫女と狐との遭遇。

 一度は贋金作りを行っていると思われるケストバレーへと出発した源九郎たちだったが、トラブルが相次いだために一旦、トパス一味の隠れ家である両替商の建物に戻っていた。

 どうやら贋金の被害者はサムライ一行だけではなかったらしく、手持ちの財産が無一文同様であると発覚してしまったため、止むを得ず加わった新しい仲間には旅立つ準備を整える必要があったし、問題を起こした猫人ナオナーの商人をそのまま同行させることはやはり問題があるだろうということになったからだ。

 マオは、自分が行った行為がどれほど利己的であったのかを今は理解している。

 だから彼は両替商に戻る間ずっとうつむいていて沈鬱な表情をしていたし、マンキャッチャーで首の辺りを抑え込まれながらトパスの手下の一人に地下牢に戻される際にも、トボトボとした足取りで自ら牢に入って行った。


「あれ? ずいぶん早く帰って来ただな、マオさん? もう、事件は解決したんだか!? 」


 今朝入れられた牢獄の中で松明の明かりを頼りに、古びた本とにらめっこしつつ地面に枝で文字らしきものを書いていたフィーナは、しばらく帰ってこないものと思っていた仲間が帰ってきたことに驚いて顔をあげ、それから瞳を輝かせる。

 事件が解決したということなら、彼女はもう、人質でいる必要はないということになる。嬉しくないはずがない。


「あ、いや、その……。まだ、事件は解決してないんですにゃ……」


 そんな元村娘の様子に、彼女を危険にさらしてしまったことを自覚している猫人ナオナーの商人は、口ごもり、顔を合わせづらそうにうつむく。


「実はな、マオさんは、その……、体調不良になっちまってな。それで、旅は続けられないだろうってことで戻って来たんだ」


 いったいどういうことだっぺ? と小首をかしげたフィーナに、彼女の様子を確かめるために地下牢に降りて来た源九郎が咄嗟にそう言ってごまかした。

 マオが、彼女が傷つけられるかもしれないという可能性に配慮せずに、脱走騒ぎを起こしてしまった。

 その事実は、サムライの口からは打ち明けることができなかった

 正直に話すべきことではあるとは思うのだが、それは事件を起こした猫人ナオナー自身が行うべきことであっただろうし、ここで外野から口出しをしてしまえば、真実を知ってこじれた人間関係を修復するのが難しくなってしまうおそれがある。


「えっ、マオさん、どっか痛いんだっぺか!? 」

「は、はい……、その、ちょっと、急にお腹の辺りがですね……」


 途端に心配そうな表情になるフィーナに、マオは力のない笑みを浮かべて、源九郎の作り話に乗っかった。

 薄暗い牢獄の中だ。その弱々しい、罪悪感に強く捕らわれた表情は、本当の病人のように見えて来る。


「ちょっと、休ませてもらえればきっと、良くなるはずですにゃ。だ、だけど、旅について行くのは、難しいみたいですにゃ」

「そ、そうなんだっぺか。マオさん、ゆっくり休んでくんろ」


 元村娘は、純真だった。

 大人たちの嘘を信じ込み、ただただ[一緒に旅をした仲間]の身体のことを心配している。

 そしてその真っ直ぐな厚意が、余計に猫人ナオナーの[病状]を悪化させた様子だった。

 彼はもう立っていることができず、フィーナの方へ身体を向けていることもできず、よろめきながら牢屋に備えつけのベッドにすがりつくと、そのままうずくまってしまう。


「しばらく放っておいてやろう。それより、フィーナ。地面になにを書いていたんだ? 」


 これ以上この話題を続けていると、精神的な負荷でマオはどうにかなってしまうかもしれない。

 そう直感したサムライが問いかけると、元村娘は少し得意そうに笑ってうなずいてみせた。


「おら、文字を書いていただ! おさむれーさまたちが行っちまった後、あのおっかねぇドワーフの親分さんが来て、「なにもしないでいるのはもったいないから、文字でも練習しておけ」って、見本と枝をくれただよ」


 彼女が真剣な表情でにらめっこしていたのはどうやら、この世界の言語の教科書のようなものであったらしい。

 見ると、確かにフィーナの足元には文字らしき記号の羅列があり、何度も何度も、書いては消したらしい跡がある。

 それは、源九郎にとっては馴染みのないはずの文字で、地球で言えばアルファベットに相当する文字を並べ、意味を成す単語にした言語になっていた。しかし、どういうわけか意味が理解できてしまう。この世界に彼を転生させた[神]は、この世界の住人たちの話す言葉だけではなく文章まで理解できる力を与えてくれていた。そういう抜かりのない、しかし自身の信念に従って苦しんでいる人々がいようとも黙殺を決め込んでいる神に対し、あらためて腹立たしい思いがこみ上げてくる。

 そんなサムライの心情など知らず、フィーナは嬉しそうに文字を書いている。

 書かれているのは[帆船]という意味になる単語で、王都にはあってフィーナの村の周辺にはなかったものだった。そういう新しい言葉に元村娘は興味津々といった様子だ。


「へぇ……。そういえば、読み書きはどれくらいできるんだっけ? 」


 まだしっかりと確認していなかったなと思い出したサムライがたずねると、フィーナは木靴を履いた足で地面に書いた文字を消しながら嬉しそうに答えた。


「かんたんな読み書きなら大体はできるだよ。長老さまが、それくらいできた方がいいって教えてくれただ。足し算と引き算も習っとるだよ」


 さすがにかけ算や割り算までは知らないということらしかったが、意外と教育水準が高いことに感心させられる。


「おら、これでも村じゃゆーしゅーだったんだべ! 小さい子らには、おらが教えたりしとったくれぇだからな。大人の人らでも、読み書きができねーって人はけっこういただ」


 しかし、エッヘン、と胸を張りながら元村娘が言う様子を見るに、辺境の村の誰もが同様のレベルにあったわけではなさそうだった。

 村で生きていくのに不自由しない程度ならなんとか、といったところに留まるのだろう。


(けどよ、文字を教えようだなんて、案外、トパスって親分はしっかりしてるな)


 きちんと面倒は見る、というようなことは言っていたと思うが、悪党の親玉なのに子供の教育に関心を持つというのが意外で、源九郎はまた少し、禿頭のドワーフに対する印象をあらためることとした。


「おい、タチバナさんよ。ちょいと、ツラ貸しな。ついでに、その女の子も牢から出してやりな」


 その時、牢屋のある区画に姿をあらわしたトパスがそう声をかけてきて、振り返った源九郎にフィーナの牢屋の鍵を放ってよこす。


「へっ? おら、出てええんだか? 」


 このまま人質にされ続けるのだろうと思っていたフィーナがきょとんとした顔をすると、トパスは今までに示したことのない柔らかな笑みを浮かべる。


「そこの猫人ナオナーが問題を起こしちまったからな。代わりの人員を増やさにゃならん。お嬢ちゃん、辺境からここまで来たんだろう? 戦闘じゃ役には立たんでも、旅のために何かの役目は果たせるだろうと思ってな」


 元村娘は「おおお~っ! 」と驚きと喜びの声を漏らす。

 その声を聞きながら、踵を返すトパスに源九郎は小さく頭を下げていた。

 あのドワーフは悪党なのかもしれなかったが、文字をフィーナに教えようとしたり、マオの責任だけを追及せずラウルも公平に制裁したりと、彼なりにしかり考えて、こちらに配慮してくれていることが分かったからだった。

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