・4-20 第133話 「結成、被害者の会」

 自身の持っていたプリーム金貨が、偽物だった。

 そう告げられた巫女は、その事実をすぐには信じることができずきょとんとした表情を見せている。

 それは、この王都・パテラスノープルまで贋金を本物だと信じて運んできた源九郎たちがその正体を教えられた時の反応と、概ね同じものだった。


「ああ、間違いねぇ。この指輪は、偽プリーム金貨に反応するように特注したものなんだ。そいつがこうやって反応してるってことは、こいつは偽物ってことさ」


 相手の知らないことを自分は知っている、そのことに少し得意そうなトパスはそう言うと、「見てな、お嬢さん」と言いつつ、懐から肉厚のナイフを取り出した。

 そして、巫女が見つめている前で、ゴリゴリ、と偽プリーム金貨の表面を削り取っていく。

 すぐに金メッキがはがれて、鉄の部分が姿をあらわした。


「どうだ? ホンモノのプリーム金貨なら、ちょっと削っただけでこんな風に鉄の層が出てくるはずがねぇ。なにしろアレは、ほぼ純金でできてるんだからな」

「そ、そんなはずは……! 第一、そのような鉄にメッキしただけの硬貨なんぞ、秤で調べればすぐに見分けがつく! わらわは秤にかけるところをしっかりとこのまなこで確かめておるし、重さは十分にあった! 」

「それよ、それ。そいつがこの贋金の巧妙なところさ。重さをごまかすように、魔法を使ってるんだ。この芯になってる鉄の層に魔法陣が刻まれていてな。そのせいで、重さじゃ贋金だって見抜けねぇ。表面には本物の金を使ってるから、見た目でもわからねぇ。コイツはそういう、実に手の込んだ、よくできた偽物なのさ」

「な、なんということじゃ……っ! 」


 トパスの説明を聞き、自身が持っていたプリーム金貨が贋金であるということを信じざるを得なくなった巫女は、へなへなとその場に崩れ落ち、両手を地面に突いてガックリとうなだれた。


「わらわの……! わらわたちの、一週間の苦労が無駄に……っ! せっかく溜めた、路銀じゃったのに! これでは、無一文ではないか……! 」


 その声は涙ぐみ、震えていた。

 源九郎は、彼女が相棒のアカギツネと一緒になって大道芸にいそしみ、おひねりをもらっている姿を目にしている。

 苦労が無駄にというのは、路銀とするために一週間大道芸を続けて稼いだお金を、どこかの両替商でプリーム金貨に交換したということなのだろう。

 そうした理由はおそらく、多くの雑多な硬貨を持ち歩くのは重いしかさばるからだ。しかしそこで贋金をつかまされてしまい、すべての苦労が水の泡となってしまったのだ。

 悔しそうに握り拳を作る彼女に、小夜風が心配そうにそっとよりそい、気づかうようにポンと前脚を主の方の上に置いた。


(わかる、わかるよ、その気持ち)


 巫女と同じく贋金の被害に遭っている源九郎には、突然自分が無一文であるということを知ってしまった時の絶望感を容易に共有することができた。

 自然と、うんうんと何度もうなずいてしまう。


「まぁ、そう落ち込みなさんなって」


 あまりの落ち込みように同情したのか、あるいは単純に言いたいだけなのか。

 トパスはゆっくりと巫女に近づいていくと、数歩手前で立ち止まり、しゃがみこんで慰めの言葉を述べる。


「コイツはあんまり巧妙で出来がいいから、ついしばらく前まではワシらも、この王都中の両替商が騙されとったんだ。おまえさんが見ぬけんのも当然のことさ。ほれ、そこにいる猫人ナオナーも、こっちの大男も、みーんな騙されちまった被害者なのさ。コイツをお前さんに渡したところも、損切りをしたかったんだろう。よそ者のお前さんなら別に贋金渡してもいいだろうって、甘く見てな」


 マオも源九郎も、神妙な顔をするしかなかった。

 自分たちもすっかりこの偽プリーム金貨を本物だと信じ込んでしまったことがあり、その結果、現在のような不本意な状況に置かれてしまったのだから、巫女が受けているショックはよく理解することができるのだ。

 ———だがその時、トパスはその口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。


「けどな、ワシらはこの贋金の出所をつかんでいるのさ。そして今から、その製造法をかっぱらって、ワシらを騙した奴らをぶっ潰しに行くところだ」

「……贋金を作った者たちを、潰しに行く、じゃと? 」


 禿頭のドワーフの言葉に、ハッとしたように巫女が顔をあげる。

 すると悪の親分はあの似合わない愛想笑いを浮かべて見せた。


「どうだい、旅のお嬢さん。あんたも一枚、かまねぇかい? 」

「な、なに? どういうことじゃ? 」

「あのな、そこでのびてる犬頭の獣人と、お嬢さんがのしちまった鼠人マウキー、それに脱走騒ぎを起こした猫人ナオナーに、そこの大男。この四人はな、これから贋金作りの本拠地に行くところだったのさ。……見たところ、あんた旅慣れしてるようだし、おもしろい相棒を連れとるし、戦力になりそうだ。おまけに、ワシらと同じで、贋金の被害にも遭っている。協力して、贋金の出所を潰してやろうじゃねぇか」


 その提案に、巫女は最初、唖然としていた。

 しかしどうやら魅力を感じたらしく、身体を起こした彼女は「ふむ……」と真剣な表情で、繊細な指先を自身の形の良いあごにあてて、視線を伏せて思案する。


「い、いや! やはり、ダメじゃ! 」


 だが、すぐに彼女は首を左右に振った。


「お、お主らのような悪党と、たとえ善行を成すためであろうと、手を組むなどあり得ぬ! そもそも、なにか良からぬことを企んでおるかもしれんし、信用ならんからの! 」


 その言葉に、主がどんな判断を下すのかをじっと見守っていた小夜風が、うんうん、と力強くうなずいてみせる。

 どうやらこの魔獣は、ある程度人間の言葉を理解することができるらしい。


「まぁまぁ、そう言わずに、な? 」


 明確な拒絶を示されたのだが、トパスはまだ諦めなかった。

 どうやら彼は、最初からこの不運な旅人たちを一時的な仲間に誘うために近づいて行ったようだった。


「お嬢さんたち、せっかく稼いだ金を、贋金に替えられちまって困ってるんだろう? ワシらに協力してくれるなら、それ相応の報酬を支払おうじゃねぇか」

「ほ、報酬じゃと? ……いや、ダメじゃ、ダメじゃ! 」


 巫女は報酬という言葉に興味を示し、ピクリ、と食指を動かしたが、すぐにかぶりを振って篭絡されそうになった気持ちを振り払う。

 揺らいでいる彼女に少し顔をよせると、悪党の親分は、トドメとばかりにささやいた。


「前金で、メイファ金貨を十枚出そう。成功したら、あらためて三十枚出す」


 そのセリフに、悪の組織の手下たちがざわつく。

 源九郎にはまだ価値がよくわからないのだが、提示されたのはけっこうな大金であるのだろう。

 その証拠に、


「……その話、乗った! 」


 顔をあげた巫女は、凛とした表情で一切の迷いなく、悪に加担することを了承してしまっていた。

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