・4-19 第132話 「鉄拳制裁」

「いやぁ、それにしてもよォ、おめぇさん、大したもんだな! 素手で真剣を受け止めちまうなんて、ワシも初めて見たぞ! 」


 巫女のボディチェックが進められていく一方で、無事に話がまとまり、これ以上の戦いはないと決まって晴れやかな表情になったトパスは心底から愉快そうな笑顔を浮かべると、その太い指を持つ手で源九郎の肩を背後からバシンバシンと叩いていた。

 手加減はしているのだろうが、かなりのパワーだ。


(クマって、こんな感じなのかな? )


 がっはっはっ、と笑い声を立てているトパスのなすがままにされながら、源九郎は前後に揺すられる頭の中でそんなことを考えていた。

 もちろん本物の熊に襲われたことなどないから、あくまで想像だ。


「すみません、ボス。お手数をおかけしてしまいまして」


 するとそこに、短剣を鞘にしまったラウルが近づいてきて、軽く頭を下げて謝罪する。

 自分がマオの逃走を許してしまっただけではなく、巫女の介入があったからとはいえ、トパスがやってくるまで事態を解決できなかったことを詫びたいらしかった。


「おうおう、ラウル。まぁ、こっちが人質を取ってるのに、あの猫人ナオナーが突然逃げ出すなんて誰にも、ワシにも想像つかんことだったからな。逃げられたのは仕方ねぇってもんよ」


 禿頭のドワーフは、寛大だった。

 サムライを叩いていた手を止め、犬頭の方を振り返った彼は、上機嫌にマオの逃亡を防げなかったことを許す。

 その瞬間、源九郎はマオの表情が曇るのを見逃さなかった。

 自分がいったい、なにをしてしまったのか。

 どうして、一時とはいえ旅を共にした少女、フィーナのことを考えずに、利己的な行動に走ってしまったのか。

 巫女と同じようにトパスの手下によってボディチェックを受けていた彼の表情は、罪悪感で暗く沈み込む。


(マオさん……)


 そんな猫人ナオナーの姿を見ていると、頭ごなしに彼の行動を糾弾するつもりにはなれなかった。

 猫人ナオナー嫌いのラウルによって、彼が過度に脅されていたという事情も考慮しなければならないと思うのだ。


「けどな、ラウル」


 その時、背後で突然、今まで上機嫌だったトパスの声のトーンが落ちる。

 背中がゾワッとする。

 それは、声に込められた怒りの感情のためだった。


「てめぇ、ワシがほどほどにしとけって何度も言ったのに、あの猫人ナオナーを脅しまくってたみてぇじゃねぇか? 堅気の小心者にそんなことしたら、なりふりかまわねぇで逃げ出したくもなっちまうんじゃねぇのか? あ? 」

「いや、ボス。しかしですね、アイツは……」

「じゃかあしいわいっ!!! 」


 ラウルは自分の考えを説明しようとしたが、できなかった。

 ドスのきいた低い怒りの声とともに、トパスがその太い腕で犬頭のことを思いきり殴りつけたからだ。

 それは、見事な右ストレートであった。

 鋭く、深く踏み込むのと同時に、身体をひねる勢いを乗せ、石のように固く握りしめた拳を前へと解き放つ。

 単純で、原始的な一撃。

 しかしそれは、ラウルの顔面を捉え、彼の身体を半回転させつつ吹き飛ばし、地面の上にノックダウンさせるのに十分な威力を持っていた。


「ったく。おめぇの猫人ナオナー嫌いが筋金入りだってのは知ってたけどよ、余計な手間を増やすもとになっちまうんだから、ちったぁうまく隠せってんだよ。おめぇももうガキじゃねぇんだ、オトナになれってんだ」


 犬頭を殴り飛ばした手の甲を軽く反対側の手でさすりつつ、トパスは説教じみた口調で言う。

 倒れ伏したラウルは、一言も発さない。

 意識はある様子だったが、軽い脳震盪を起こしたらしく身動きが取れない様子だった。


(よ、容赦ねぇんだな……)


 源九郎は呆気にとられつつ、トパスの断固とした態度に恐れ入っていた。

 普通、仲間に対しては甘めの、温情のある対応を取りがちとなるものなのだが、悪の組織の親玉は私情を持ち込んで厄介ごとを増やした部下に対して鉄拳制裁を加えるのに躊躇しなかった。

 悪人たちを意のままに動かし、束ねていくためには、こういう厳しい対処が必要なのだろう。

 ボスの意志に反すれば自分もこのような目に遭うとわかっていれば、あえて命令に違反しようとは思わないし、実際、源九郎も、少なくともフィーナの安全が確保できるまでは逆らわないでおこうと決心した。

 同時に、トパスのこの態度は、ほんのわずかだが彼に対する印象を良い方向に改めさせるものだった。

 今回の脱走事件が引き起こされた原因をしっかりと特定し、すべての責任を事件を起こしたマオに被せるのではなく、彼をそこまで追い詰めた、事件の原因を作った者にも取らせたのだ。

 悪党の親玉には違いなかったが、公平な判断を下すことのできる人物に思える。


「ボス。この旅人、こんなものを持っていましたよ」


 その時、巫女のボディチェックを行っていたトパスの手下がなにかを見つけた様子で、そう知らせて来る。

 その場にいた全員が一斉に視線を向けると、女性の犬人ワウは彼女のボスに向かって何かを放り投げて来た。

 放物線を描きつつ、くるくると回転しながら空中を舞ったそれは、薄く、丸い板状をしていて、建物の合間からわずかに差し込んで来る日差しを受けてキラキラと輝いていた。


「ほう、プリーム金貨じゃねぇか」


 片手でそれをキャッチしたトパスは、手のひらの上に乗せた硬貨をちらりと確認して、少し感心してそう言う。


「ただし、偽物だけどな」


 それから彼は、自身の指にはめた指輪、偽プリーム金貨を見抜くために作られた特注品が、巫女が持っていた金貨に反応してチカチカと発光するのを目にすると肩をすくめてみせた。


「なんじゃと? 」


 その言葉に驚いて声を漏らしたのは、今まで大人しくボディチェックを受けていた巫女だった。

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