・4-18 第131話 「組織」

 源九郎が真剣白刃取りという秘技を成功させたことにより、状況は膠着してしまっていた。

 大太刀を奪われてしまったことにより、巫女たちからは攻撃する手段が失われている。

 かといって、こちら側から積極的に反撃していくこともできなかった。

 おそらく奥の手はないのだろうとは思いつつも、相手がなにか隠し玉を持っている可能性を完全には否定することができないからだ。


「タチバナ。二人同時にしかけるぞ」


 サムライの左側で短剣を両手にかまえ、いつでも動けるようにやや身体を低くした姿勢を取ったラウルが、短い言葉でそう指示を出してくる。


「……おう」


 源九郎も、短い言葉で答える。

 悪党のために戦いたくはないという思いは少しも変わってはいないが、やはり今は逆らうことができないのだ。

 男二人が攻撃態勢をとるのを目にして、相手の方も臨戦態勢を整える。

 巫女は懐から折りたたまれた扇らしきもの、おそらくは鋼鉄でできた護身用の鉄扇を取り出し、空中の小夜風はいつでも飛びかかって行ける姿勢を取った。

 そして、ラウルが攻撃の合図を出そうとした時のことだった。


「おうおう、おう! そこまでにしときな! 」


 突然、厳つい声がこれ以上の戦いを中止させた。

 かまえを取ったまま声のした方向、背後を振り返ると、禿頭で豊かな白髭を持つ赤黒い肌をした、筋骨隆々としたドワーフ族、トパスの姿があった。

 手下たちを五人、引き連れている。

 人間が二人、猫人ナオナーが一人、犬人ワウが一人、ドワーフが一人。

 いずれもいわゆるごろつきたちだったが、実戦経験を持っていそうな屈強な悪党たちに見える。


「な、なんじゃ、お主は!? 」


 バッ、と鉄扇を広げた巫女が誰何すいかすると、トパスは自身の禿頭を太い指を持つ手でなで、にこやかな愛想笑いを浮かべる。

 職人然とした厳つい顔つきにまったく似合っていない、へたくそな、不気味ささえ感じさせる笑顔だった。もし年端もいかない子供が見たら、怖がって泣き出してしまったかもしれない。


「ワシか? ワシは、トパス。この犬頭と、そこでのびちまってる鼠人マウキーのボスにして、旅の異邦人から人質を取って無理やり従わせている、悪党の親玉さ」

「な、なんと! こ奴らの……! 」


 簡潔明瞭な自己紹介をしたドワーフに、巫女は警戒心をより一層強くした様子で身構える。


「おいおい、お嬢さん。そう警戒せんでくれよ。まずは、武器を下ろしちゃくれねぇかな? 」

「う、うるさい! 誰がお主らの言いなりになんぞ! 」

「ふむ、強情なお嬢さんだ」


 トパスはやれやれと肩をすくめてみせると、まるでなにかの合図を出すように右手を上に向かって垂直にのばす。

 すると、ヒュン、と風を切って、頭上から何かが飛来し、タン、と地面に突き刺さった。

 ———それは、矢だ。

 源九郎が思わず頭上を確認すると、建物の屋根の上には幾人もの人影があった。

 ざっと数えただけでも、四人はいる。

 そしてその手には皆、小型の弩があった。

 いつの間にかすっかり、この路地はトパスの一味によって取り囲まれてしまっていたらしい。


(やっぱり、けっこうでかい組織だったのか……)


 裏切ったら、すぐにそのことは知られてしまう。

 ラウルが言った脅し文句は、サムライに協力させるための脅し文句ではなかったらしかった。

 彼ら悪党が作り上げた組織の情報網は、マオが逃げ出したことや、この路地に逃げ込んだこと、そして巫女たちの介入を受けて戦いになっていたということをすべて把握していたのだ。

 それは言うまでもなく、源九郎が彼らを裏切ろうとしていたらすぐさま知られて、フィーナを傷つけられてしまっていたかもしれないということだった。


「お嬢さん。ワシらとしても、あまり手荒な真似はしたくはねぇんだ。大人しくしてくれれば、なに、危害は加えないさ。あんたも、その相棒の魔獣にもな」


 トパスは相変わらずの愛想笑いを浮かべながらそう言う。

 笑ってはいるが、それは恫喝だった。

 言う通りにすれば、危害を加えられないかもしれない。

 しかしそれはあくまで[かもしれない]という話であって、実際にはなにをされるかわかったものではない。

 その一方で、このまま抗った場合は、痛い目に遭うのは確実だった。

 正面には何人もの悪党の一味がおり、頭上には飛び道具が狙いをつけている。姿が見えるのは四人だけだったが、もしかすると他にもどこかに飛び道具を持った組織の一員が隠れている可能性がある。

 ———ここで武器を捨てるということは、悪党たちに生殺与奪の権利を明け渡すことに等しい。

 だがそうする以外の選択肢は残されてはいなかった。


「……わかった。言う通りにさせてもらおう」


 二十秒ほどかけて考えてみたが、やはりこの状況から抜け出す有効な策など思いつかなかったのだろう。

 巫女はそう言うと、自身の手にしていた鉄扇を前の方に放り投げていた。


「賢明な判断だな、旅のお人。……おい、お前、念のため他になにか物騒なものを持っていないか、確かめておけ。丁重にな」


 愛想笑いを浮かべたままほっとした様子で息を吐き出したトパスが命じると、彼の背後につき従っていた手下の一人が前に進み出て来る。

 それは犬人ワウで、源九郎には馴染みのないその種族の性別ははっきりとは分からなかったが、身に着けている服装や身体つき、物腰から、どうやら女性らしいと推測できる。


「悪いけれど、しばらくじっとしてておくれよ? 」

「くっ……」


 一応そう断りを入れられつつ、実際には強制のボディチェックが始まると、巫女は屈辱に表情を歪めた。

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