・4-17 第130話 「秘技」

 降伏は、しない。

 男二人がそう結論付けると、巫女は顔をうつむけ、物憂げなため息をついていた。

 そして顔をあげた時には、被った傘の下から鋭い視線を向けて来る。


「ならば、致し方あるまい。———悪は、斬るのみ! 」


 その、凛とした声が響くのと同時に、空中にいたアカギツネが猛然と襲いかかって来る。


「チィッ!! 」


 ラウルは舌打ちと共に回避行動を取り、振り下ろされる大太刀の軌跡から逃れる。

 だが、その直後、彼は驚愕に双眸を見開いていた。


「な、なにッ!? 」「ばっ、ばか者っ!!! 」


 犬頭の獣人を驚かせたそれは、小夜風に攻撃を命じた巫女をも驚かせていた。

 人間を容易に真っ二つに切断してしまう、それほどの威力を持った攻撃。

 それが直撃するコースに、源九郎が自ら飛び込んできたからだった。

 彼は、丸腰のままだった。

 頼みとしている刀もなく、あるのは徒手空拳だけ。

 身を守ることのできる防具の類は一切なく、振り下ろされる大太刀を受け、切り裂かれるしかない。

 その場にいた、サムライ以外の誰もがそう思い、息を飲んだ。

 もちろん、源九郎は斬られるつもりなどなかった。

 今、まさに振り下ろされつつある大太刀を真正面に見すえ、両目をカッと見開き、意識を集中し、刀身が描く軌跡を正確に予測する。

 そして彼は、両手を天に向かって突き出し、全身の膂力をこめ、両手の手の平を重ね合わせていた。


「ふんぬぅっ!!! 」


 ずしんとのしかかって来る、元々の大きな質量に振り下ろされる勢いの乗った衝撃。

 それを源九郎は気合の声と共にどうにか抑え込む。

 その光景を目にした皆が、呆気に取られていた。

 ラウルはきょとんとしてまばたきを何度もくり返しているし、巫女は口を半開きにし、両手で大太刀を挟み込んで受け止めたサムライの姿を凝視し、空中にいる小夜風はその双眸を大きく見開き、上半身を起こして戦いの成り行きを見守っていたマオはあごが外れそうなほど口をあんぐりと開いていた。

 ———真剣白刃取り。

 サムライは、素手で大太刀を受け止めていた。

 それは、非常に危険な、実戦で用いられることはまずない技だった。

 一歩間違えれば刀をその身に受けることは避けられないし、失敗は許されない。

 実施される場合でも普通は興行などで観衆を喜ばせるために行われるものであり、剣を振り下ろす側が相手の頭上で刀を寸止めにするという約束の下で行われる。

 もちろん、今回の場合、そんな事前の取り決めなど存在しない。

 つまりこれは、奇跡に近い技を成功させたということだった。

 ただし、源九郎はこの技を成功させるために、工夫をしている。

 両手で刀を受け止める位置を、できるだけ根元で、振る速度がもっとも遅い場所としたのだ。

 ある支点を中心に物体が回転する場合、単位時間あたりに同じ角度を回転するのだとしても、支点に近い側と遠い側では速度が異なっている。

 移動する距離が小さい分内側ではゆっくり、距離が大きい分外側では速く物体は回転するのだ。

 だからサムライは、より現実的な方法として、振り下ろされる大太刀の根元に近い部分を両手で挟み込んでいた。

 これは、剣術のある流派に伝わる[無刀取り]と呼ばれる、素手で相手の刀を封じる実践的な技の考え方を応用したものだった。


「おい、ラウル! ぼさっとしないでくれ! 」

「……あ、ああ、そうだな! 」


 源九郎が呆然自失としてしまっている犬頭に向かって叫ぶと、彼ははっと我に返ってうなずいた。

 そして素早く踏み込むと、振り下ろした大太刀を抑え込まれて身動きの取れない小夜風に向かって自身の短剣を振るった。

 その攻撃は、———命中しない。

 アカギツネは空中でひらりと身を翻すと、青い燐光をまき散らしながら空中に駆けあがり、再びラウルの攻撃が届かない安全圏へと退避する。

 しかし、その背中にあったはずの得物は、失われてしまっていた。

 それは刀身を両手で挟み込まれたまま、サムライの手の中にある。


「形勢逆転、かな……? 」


 源九郎は全身から冷や汗が噴き出て来るのを知覚しながら、攻撃から逃れるために小夜風が手放した大太刀の柄を握りしめ、自身の肩に背負うようにしながらかまえを取る。

 これまでは、リーチの長い武器を使った相手から一方的に攻撃されるしかなかった。

 しかし、その武器はこちらが奪い取ってしまった。今度は、相手の間合いの外からこちらがしかけていくことができるのだ。

 魔獣、と呼ばれる、超常的な力を有する存在が相手だからまだ別の攻撃方法がある可能性はあったが、それを用いずに大太刀という物理的な武装に頼っていたことを考えると、今まで以上に強力な奥の手を隠し持っているとは考えにくい。

 実際、形勢はサムライたちの方に傾いた様子だった。

 巫女は憮然とした表情で悔しそうに大太刀を奪った大男のことを睨みつけているし、空中の小夜風は、男二人を警戒しつつ、どうしよう、と伺うような視線を主へと向けている。


(いや、正直なところ、勝ちたいわけじゃねぇんだけどよ……)


 表面的には余裕ぶった態度を作り、ドヤ顔を浮かべつつ、源九郎の心中は複雑だった。

 本音を言えばラウルのために協力などしたくはなかったし、人質を取られてさえいなければ、むしろ巫女たちと一緒になって悪党どもを退治する側に回りたいのだ。

 不本意だったが、今はまだ、悪人たちに従う他はなかった。

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