・4-12 第125話 「大脱走:2」
突如として脱走したマオが逃げ込んだ路地は、入り組んだ造りになっていた。
その中を障害物をよけて走りながら、源九郎はふと、城下町というのはわざと入り組んだ造りにされることがあるんだよな、と思っていた。
城、と聞けば、日本人の多くは[天守閣]のことを思い起こすだろう。
しかし、実際にはもっと広い範囲が[城]だ。
掘、石垣、塀で囲まれた領域全体が城なのだ。
だが、城の防御力というものを考える時には、もっと広い範囲を見なければならない。
周囲の地形、川や山、平地、湿地などがどのように存在しているかは、攻城側がどうやって攻撃を仕掛けて来るか、それをどう防ぐかを考える上で無視することの許されない要素だ。
加えて、さらに外側にある別の城や砦との位置関係。
中世の城郭というのは大抵、主君がいる本城と、それを守るため、周辺にある重要な地点に築かれた支城、砦群とセットで防衛態勢というものを構築している。
その城単体の構造がどうだとか、天守閣の大きさがこうだとかだけでは、実際の防衛力というのは十分に把握することができない。
━━━作品の時代考証のために大学から招かれた教授が、撮影の合間に源九郎に熱く、クドクドとそう語ってくれたのをよく覚えている。
城の防御を考える時は、その城下町も含めて考えなければならないと、その教授は語っていた。
城下町を入り組んだ構造にすることで城そのものにたどり着く前に敵を疲労させたり、迷わせたり。それだけではなく、城下町の中にも防衛戦を有利に行うことができる拠点を設け、敵が城門にたどり着く前に迎撃することも考慮して、町がつくられている。
この路地裏もそういう、防衛のためにわざと複雑に作ってあるのだろうか。
もしかするとそんなことはまったく関係なく、交易の中心地であるこのパテラスノープルに商機を求めて集まって来た人々が無秩序に市街地を拡大していった結果、こうして通りから外れた場所が迷路になってしまったのか。
━━━確かなのは、そこで源九郎が迷子になってしまった、ということだった。
「ど、どっちだ!? どっちへ、行けばいいんだ……! 」
サムライは四方に入り組んだ路地が伸びている十字路に立ち尽くし、周囲をきょろきょろとせわしなく眺めながら、冷や汗を額に浮かべていた。
もはや、東西南北もわからない。空を見上げてもそこに見えるのは建物と建物に切り取られた細長い空だけで、太陽の位置で東西南北を推測するということもできない。
音のする方向にひたすら進んできたのだが、この十字路に着たあたりでどの方向へ進んで行けばいいのかわからなくなってしまった。
先ほどまで聞こえていたマオの悲鳴が、唐突に聞こえなくなってしまったのだ。
(逃げ切ったんだったら、いいんだけどよ……)
どこか遠くに逃げ延びてくれたのならそれでよかった。
短い間だが一緒に旅をした
「右へ行け、タチバナ」
そう思っていたところ、頭上からラウルの冷たい声が降って来る。
「チッ」
サムライは舌打ちをしたが、言われた通り、十字路の右側の道を選んで進んで行った。
何度か角を曲がって行った先は、行き止まり。どういうわけなのか中途半端に土地が余ってしまった場所らしく、ちょっとした運動ができそうなくらいの広さがある。左右は建物の壁、奥は周囲と同じレンガの上に漆喰をぬって作られた塀。敷地を隔てるためのものらしく、塀の一部には出入りのための扉がある。
マオは、その扉の前にいた。
「げ、源九郎さん……」
彼は恐怖でガタガタと震え、絞り出すように、助けを求めて来る。
その首元には、
「おい、コラ。騒ぐんじゃねぇぞ? ったく、散々手こずらせやがって……」
「ひ、ひィィっ」
低く抑えた声で凄まれ、ナイフを自身の毛皮に押しつけられ、
どうやら逃げてきた先が行き止まりで、唯一の出入り口である扉が開かず、追い詰められてしまった、という状況であるらしかった。
「言っただろう?
マオがうまく逃げ延び、当局に知らせてくれるかもしれないという目論見が潰え、憮然とした表情で立ち尽くしていた源九郎に、いつの間にか上から降りて来たラウルが「それ見たことか」と勝ち誇ったように言った。
軽蔑する視線が、脱走を試みた
「こちらは、あの小娘を預かっている。奴なりにお前をかばおうとしていた、優しい娘じゃないか。……それなのに、逃げ出すとは。なぁ、タチバナ、薄情だとは思わないか? 」
「だ、だって、だって……! ミー、このままついて行ったら、殺されてしまうって、思ったんですにゃ! 」
サムライに同意することを強制するような口調でマオを
「あ、あなたは、ミーたち
どうやら、ラウルから向けられる敵意が、マオを恐怖させ、逃げることを決心させたらしい。
すると
「まさかまさか、そんなことはしないさ」
そして彼は嘲笑しながらそう言うと、言葉をいったん区切り、相手により大きなショックを与えられるように強調した声で、あらためて言う。
「もっとも、お前が心底嫌いだっていうのは、真実だ。……逃げ出してくれたおかげで、痛めつけてやるいい口実ができたよ」
「そ、そんな……っ!! 」
ラウルの言葉に込められた喜び、そしてその瞳の奥に宿る冷徹さ。
絶望して声を漏らしたマオはガタガタと震えながら、自身の腰に差した双剣の柄に手をかけてゆっくりと近づいて来る犬頭のことを、しかし、どうすることもできないまま見つめていた。
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