・4-11 第124話 「大脱走:1」

 マオと、トパス一味の鼠人マウキーが向かって行った先はどこなのかは、迷うことなくすぐにわかった。

 騒ぎが起こっているからだ。


「オイコラ! 待ちやがれっ! 」

「ひぃ~っ!!! 誰か、誰かお助けを~っ!!! 」


 怒鳴る声と、なりふりかまわず助けを求める悲鳴。

 マオは賑やかな王都の人混みをかき分けながら逃げている。人間よりも小柄な身体で隙間をぬって駆け抜け、さらに小柄な鼠人マウキーは混乱する人々の足元をすり抜けるようにして追いかけていく。

 猫人ナオナーは手足の短い種族であり、全力疾走した際の速度は人間には及ばない。

 しかし、小柄であるため、こうした人通りのたくさんある場所では有利であるらしかった。


「チッ、こういうところだと、小さいのって便利だよな! 」


 180センチ以上の身長と筋肉質のがっしりとした体躯を持つ源九郎は、道行く人々が邪魔でうまく走ることができず、どんどん、引き離されていく。

 すると、悪戦苦闘しながら進んでいく彼を盾にしながら悠々と後ろをついて来ていたラウルが嘲笑った。


「ハッ! 人間っていうのは、こういう時は本当に不便だよな」

「なにをっ!? てめぇ、人を盾に使ってるくせにっ」


 強制的に従わされているだけではなく、相手に不遜な態度を取られて少々イラっと来る。


「フン。お前はせいぜい、ゆっくり追ってくることだな」


 しかし、犬頭は動じない。

 そして彼はそう言い捨てると、突然進路を横に変えて通りの端にまで向かうと、━━━そこで跳躍し、建物のひさしや突起などをうまく使って、屋根の上にまであっという間に登って行ってしまった。

 こちらには真似することのできない芸当だ。

 どうやら犬人ワウ族というのは、優れた身体能力を持っているらしい。


「おい、タチバナ! 一人で逃げたら、娘がどうなっても知らんからな! 」


 呆気に取られて上を、三階建ての建物の屋上に立ったラウルを見上げていた源九郎に、犬頭はそう言うと踵を返して姿を消した。

 王都・パテラスノープルの市街地は密集していて、通りで隔てられたところにも日よけの布が強度のありそうなロープでピンと張られているところが多く、それが橋のような役割をしてくれそうだ。

 身軽な者にしてみれば、上の方がずっと動き回りやすいのだろう。


「くそっ、バカにしやがって! 」


 源九郎はムカッとして悪態を吐いたが、しかし、自分にはラウルのマネはできなかった。

 もちろん、身体を鍛えているので登ろうと思えば建物の上に行くことができるだろう。木登りは得意な方だった。

 しかし、あんな風に身軽に登っていくことはできない。

 人間は猿から進化した生物といわれているが、その進化の過程で、多くの種類の猿が有していた身軽さというのは失ってしまっている。

 なによりサムライは、背が高く、身体つきも筋肉質でしっかりしているので、引き締まっていても見た目よりも重いのだ。

 ラウルの態度は腹立たしいし、その身軽さはうらやましい。

 しかし、思い煩っているような時間はない。

 フィーナを人質に取られてしまっているのだ。


「あっちに行ったみてぇだな……」


 マオたちが逃げて行った方向を探し、「待て! 」という鋭い声と、「いやですにゃーっ! 」という悲鳴を聞いた源九郎はすぐにそちらに向かって走るのを再開した。

 ━━━どうやら、追いかけっこの舞台は人の多い大通りから離れ、人気の少ない路地裏へと移った様子だった。

 脇にそれた路地の奥から言い争う声が聞こえ、建物の窓から住人がなにごとか、と興味深そうな様子で音のする方向を眺めている。

 そこは狭い場所で、足元にはいろいろなものが落ちているし、左右には様々なものが積み上げられていたが、しかし、大通りよりはいくらか走りやすそうではあった。

 走る速度をあげるため、源九郎は腰に差した刀が暴れないよう、左手を添える。


「……くそっ、そうだった! 」


 そして彼は舌打ちをしていた。

 トパスから断れない仕事を引き受けさせられたのだが、没収された本差しも脇差もまだ返してもらっていない。

 ラウルが背負ったままなのだ。

 無性に心もとなくなってくる。

 この世界に転生して来てからすでに数か月になるが、今ではすっかり、刀があることが当たり前になっていた。

 神から与えられた、名も知れぬ刀。

 その刀でサムライは何人も斬り、そうすることで誰かを救ったり、自分の命を守ったりしてきた。

 自然と、愛着が湧くというものだ。

 血が通う、とでもいうのだろうか。

 相手は冷たい鉄でできた無機物に過ぎなかったが、自然と自分になくてはならない存在、自身の世界を構成する大切な要素になりつつある。

 その刀は、かつて源九郎が無茶な扱いをしたためと、手入れをしてはいるものの酷使してきたせいで、痛んでいる。


「なんだか、かわいそうだっぺ」


 旅の途中でフィーナが刀の状態を見て、ぽつりと、同情して呟いたことがある。

 実際、サムライもこの世界での自分の分身を損耗した状態に置いておくことは心苦しかった。

 王都についたら、まともな鍛冶師を見つけて、きちんと直してもらおう。幸いなことにマオを護衛することの対価として得られる予定だったプリーム金貨という、費用のアテもあったことからそんなふうに思っていたのだが、トラブルに巻き込まれてそれどころではなくなってしまった。

 しかも今は、大切な刀は奪われたままなのだ。守ると、村の長老と約束をしたはずのフィーナまで、人質に取られてしまっている。


「アイツら、あとで絶対、とっつかまえてやるからな! 」


 サムライは情けなさと心細さでかすかに涙ぐんだが、トパス一味に対する怒りの感情でそれを上書きし、路地の奥、命がけの逃走劇が続いている方向に駆け出した。

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