・4-10 第123話 「出発」
善は急げ。
いや、今回の場合は、悪は急げと、言いかえるべきだろうか。
贋金づくりのノウハウを独占し、大儲けしてやろうと目論むトパス一味は、さっそく、偽プリーム金貨の出所と思われるケストバレーの調査に乗り出した。
旅に向かう人数は、四人。
一人は、サムライ、源九郎。
もう一人は、旅の商人、マオ。
三人目は、どうやらマウキー族という種族であるらしい鼠人。
そして、
むさくるしい男だけのパーティだ。
紅一点の花を添えられるはずの元村娘、フィーナは取り残されることになる。
源九郎たちが裏切らないように、人質として捕らわれることになるのだ。
「まぁ、お嬢ちゃんのことは心配すんなって。おめぇさんらが裏切らない限り、安全は保障してやるぜ。ちゃんと飯も食わせてやるし、それなりには面倒見といてやる」
禿頭のドワーフ、トパスは豪気な笑みを浮かべながらそう約束をしてくれた。
贋金づくりのノウハウを入手し大儲けを企む悪党の親玉の言葉などまるで信用できなかったが、今は無理にでもその言葉を信じるしかない。
人質を取られている以上、逆らえるはずもないのだ。
「すぐに[仕事]を済ませて、助けに戻って来るからな」
旅支度を整え、牢獄に捕らわれたままのフィーナと別れの挨拶を済ませる時には、源九郎は精一杯の笑顔を浮かべていた。
まだ十三歳という年端もいかない少女の表情があまりにも心細そうで、励まさずにはいられなかったからだ。
「うん、わかっとるだ。おさむれーさま、おら、頑張って待ってるだ」
気づかいをされていることが分かったのか、彼女もまた、できる限り力強く微笑んで見せる。
「そんで、この人らと縁を切ったら……、王様に村の人らのことを助けてもらえるようにおねげーするのと一緒に、この悪者たちもやっつけてもらうんだっぺ」
「お、そいつはいいな。一網打尽にしてやろうぜ」
それから二人は顔を寄せ合い、監視していたトパス一味には聞こえないように小声でそう約束を交わし、一時のことになるはずの、そうなって欲しいと願っている別れを済ませた。
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にわか作りの一行が出発したのは、源九郎たちが捕らわれの身となってしまったその翌日のことだった。
長く苦しい旅の末にようやくたどりついた王都、パテラスノープル。
そこでの滞在はサムライにとってほんの一瞬のものとなりそうだった。
トパスたちは急いでいた。
━━━というのは、巧妙な偽プリーム金貨の製造方法を知りたがっているのは、彼らだけではなかったからだ。
贋金が出回っている。
その事実はメイファ王国の当局もすでに感知しているところであったし、もっとも早くに気づいたのは、普段から通貨を取り扱っているプロフェッショナルたち、トパスたちと同じ両替商たちだった。
当局も捜査に乗り出しているだろうし、同業者たちの一部、あるいは贋金の情報を仕入れた犯罪組織などが、大儲けを狙って動き出している可能性は高かった。
(製造方法って言ったって、魔法を使うってだけじゃないのか? )
なぜこれほどまで熱心に贋金の作り方を知りたがるのか、源九郎は不思議に思ったのだが、どうやらそう単純な話ではないらしい。
この世界の魔法というのは、希少な技術だった。
それは限られた者たちだけが扱うことのできる、特別な力。
その力は、神によって人々に文明を
誰でも使い方を習えば使用できる類のものではないから、多くの者たちにとっては模倣することさえ不可能だ。
贋金の芯となる鉄に刻み込まれた魔法陣をそっくりまねて彫り込んだとしても、魔術師がきちんと機能するように魔法をかけなければ、なんの役割も果たしてはくれないのだ。
どんな製造方法が用いられているのか。
できれば、その中核となる部分である、魔法をかけている魔術師を手に入れたい。
それが、トパスたちが急いでいる理由だった。
魔術師たちは希少な存在だから、この事件に関わっている者も一人か二人に過ぎないだろうし、彼、もしくは彼女の助力を得られなければ、成り代わって自分たちが贋金作りに乗り出すことは難しい。
別の魔術師を使えばいいかというと、そう簡単にもいかないらしい。
偽プリーム金貨に使用されている魔法は、同じ魔法の中でも高度なものだそうで、マネをすることはできても、それを現在出回っているほど大量に[量産]することができないのだそうだ。
贋金作りに乗り出す以上は、できるだけたくさん作って、より多く儲けたい。
そのための近道は、今、贋金作りに加担している魔術師を確保することだった。
だから、急いでいる。
製造法を明らかにし、そえに関わっている魔術師を捕らえて脅迫するなり、交渉して協力してもらうなりにしろ、もっとも早くたどり着いた者が有利だ。
━━━しかし、源九郎たち一行の旅立ちは、その出鼻をくじかれることとなってしまった。
旅支度を整え、両替商の店を出発して、城門へと向かっていく途中でのことだ。
「あいたっ! てめぇ、どこ見てやがんだっ!? 」
小柄な種族である彼は、足元を注意していなかった誰かにぶつかられてしまったのだ。
そして、その瞬間だった。
おそらくは、千載一遇の脱走のチャンスに見えたのだろう。
鼠人の後を進んでいたマオが突然パーティから抜け出し、人混みの中をかき分けるように走り出したのだ。
「あっ、待て! 」
鼠人がすかさず、マオの後を追っていく。
(マオさん、うまく逃げてくれよ)
その様子を見送っていた源九郎だったが、しかし、背後からラウルに小突かれた。
「なにをしている、タチバナ。お前も早く追うんだ! 」
「おいおい、いいじゃねーかよ、別に。ケストバレーっていうところが怪しいんだろう? なら、マオさんがいなくっても目的地はわかってるわけじゃねぇか? 」
「黙れ。まさか、我々が小娘を預かっているのを忘れたわけではないだろう? 」
「……チッ」
人質のことを持ち出されてしまっては、歯向かうことはできなかった。
サムライは舌打ちをすると、しかたなく、マオたちが逃げて行った方向に向かって走り出した。
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