・4-13 第126話 「介入」

「おい、ちょっと待てよ! 」


 源九郎は血相を変え、ラウルの肩を強くつかんでいた。


「なんだよ、痛めつけてやるって!? 逃げたっていっても、こうやって捕まえられたんだ! なにも、そこまでしなくったっていいだろう!? 」

「黙れ、タチバナ。お前は口出しをするな」


 詰め寄って来るサムライのことを振り返った犬頭は、そう言って突き放す。


猫人ナオナーっていうのは、いつもああなんだ。もちろん、例外は、信用のできる猫人ナオナーというのもいるが、アイツみたいな根無し草、方々を旅しているような奴は信用ならない。……自分のことが大事。自分だけが大切。だから、人質を取られているのにもかまわず、ああやって逃げ出す。オレはな、そんな奴が大っ嫌いなんだ。……誰もが、一人だけでは生きていけない。だからみんな、どこかに居場所を見つけて、そこに根を張り、守ろうとする。オレたち犬人ワウ族はそういう生き方をする。あの猫人ナオナーみたいな、仲間のことなんかどうでもいい、自分だけが助かればいいなんていう行動はしない」


 ラウルがマオにとりわけ辛く接する理由。

 それは、異なる種族同士の生き方、考え方の違いにあるらしい。

 サムライは肩をつかんだまま離さなかったが、咄嗟に、反論する言葉が出てこなかった。

 ━━━フィーナが人質に取られているというのに、あの旅の商人が逃げ出そうとした、というのは、事実だったからだ。

 トパスたちは、間違いなく悪党だろう。

 表面は堅気を装っているが、裏では、贋金づくりのノウハウを奪い取り、自分たちが利益を独占しようと目論んでいる。

 犯罪に手を染めて平気な連中なのだ。

 彼らの機嫌を損ねれば、本当に人質に危害を加えるかもしれない。

 そのリスクを考えれば、少なくとも源九郎は、逃亡しようなどとは思わない。


「そういうわけだ。……アイツには、責任っていうものの重さをわからせてやる」


 なにも言えずにいる源九郎の様子に勝ち誇ったような笑みを浮かべると、ラウルは自身の肩をつかんでいた腕を振り払い、またマオのいる方へ進み始める。

 猫人ナオナーに視線を移すと、━━━彼は、打ちひしがれていた。


「そんな……。み、ミーは、そんなつもりじゃ……」


 賑やかな通りから離れた路地裏だったから、辺りは静かだ。だから、マオが呟く声が聞こえてくる。

 どうやら彼は、自分がなにをしてしまったのかに気づいた様子だった。

 短い間とはいえ一緒に旅をして来たフィーナを、危険にさらしてしまった。

 脱走などを実行すれば、どうなるのか。

 恐怖のあまりそのことにまるで想像が至らなかったことを、酷く後悔し、取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感に打ちひしがれている。


「おい、やっぱり、ダメだ! 」


 その様子を目にした源九郎は、黙っていることができなかった。

 素早くラウルの前に回り込み、マオをかばうようにして両手を左右に広げる。


「なんのマネだ、タチバナ」


 犬頭の双眸がスッと細められ、剣呑な視線でサムライのことを睨みつけて来る。


「お前も、あの猫人ナオナーの無責任さがよくわかっただろう? 贋金の秘密を暴くまでは我慢して一緒に行動してやるつもりだったが、こうやって脱走を試みた以上、このままにしておくわけにはいかない。また同じように逃げ出されたら、面倒だからな」

「マオさんは、もう逃げ出したりしないさ」

「どうして、そう言える? 」

「反省してるからだ。見ればわかるだろう? 」


 武器を奪われたままで丸腰であったが、一歩も引き下がらなかった。

 ここで傍観してしまえば、マオは殺されてしまうかもしれない。

 どんなに脅されようとも一歩も動かないつもりだった。


「邪魔をするなら、お前も同罪だぞ? 」


 ラウルは低い声でそう言うと、腰の短剣を引き抜き、一瞬で、その切っ先を源九郎の喉元へと突きつける。

 鋭く研ぎ澄まされた刃。

 それを向けられた瞬間、否も応もなく恐怖心が湧き上がってくる。動物ならみなが持っているはずの死への恐れ。

 しかし、すぐにサムライはその感情を抑え込み、━━━ニヤリ、と、不敵に笑ってみせた。


「マオさんに手を出すって言うのなら、まず、俺を刺してから行くんだな」


 冗談ではなく、本気でそう言う。


(なに、一度刺されるのも、二度刺されるのも、変わりゃしないさ)


 ここで殺されてしまえば、自分は二度めの死を迎えることになる。

 もう、転生などという奇跡は起こらないだろう。

 [神]とはすでに仲違いしてしまっているし、自身の世界への不干渉を信念としているあの創造神は、もう、介入しては来ないだろう。

 田中 賢二はあの神にとっての[異世界]の存在であったが、今の[源九郎]は、この世界の存在であるからだ。

 それでも、[立花 源九郎]はこの場で絶対、自分の命を惜しんでマオを見捨てたりはしない。

 そんなのはあまりにも情けない。

 だからサムライは、恐れを忘れ、笑みを浮かべていた。


「タチバナ。お前は、……なかなか、肝の座った奴だな」


 するとどういうわけか、ラウルは楽しそうに、そして嬉しそうにそう言い、笑った。

 それから彼は短剣を下ろすと少し源九郎に近づき、小さな声でなにかを告げようとする。

 ━━━しかし、そうすることはできなかった。

 突然、鼠人マウキーに抑え込まれているはずのマオが、「うにゃぁっ!? 」という悲鳴を上げたからだ。


「なんだ!? 」「な、なにっ!? 」


 サムライと犬頭が驚いて視線を向けると、先ほどまで猫人ナオナーがいたはずの場所にいなかった。


「えっ? な、なんで急に、扉が開いたんですかにゃ……? 」


 彼はさっきまで立っていた場所に仰向けに倒れ込み、なにが起こったのかわからず、戸惑っている。

 必死に叩いて、爪でひっかいてもビクともしなかったはずの扉が突然開いたせいで、それを背にしていた彼は後ろに倒れてしまったらしい。

 ━━━そして、そんなマオの上をまたぎ、扉から一人の女性が出て来る。


(あれ、あの人、市場にいた……)


 その姿に、源九郎は見覚えがあった。

 それは、今朝がた多くの人々でにぎわう市場で見かけた、巫女だったのだ。

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