・4-7 第120話 「くつろげるへや」

 ゆっくりくつろいでおけ。

 トパスはそう言っていたが、しかし、源九郎とフィーナはまったくリラックスできなかった。

 ━━━なぜなら、2人が案内されたのは[牢獄]だったからだ。

 絵にかいたような暗い地下の牢屋で、壁も床も灰色の煉瓦で固められ、廊下側だけが鉄格子になっている殺風景な一室だ。


(まぁ、ベッドはあるから、横にはなれるがよ……)


 頬杖をついて寝転がりながら、サムライは薄暗い辺りを見回す。

 正面には、マオのことが心配そうな顔をしているフィーナがいて、ぺたんとベッドの上に座っている。

 明かりは部屋の外から、鉄格子の外から漏れて来る蝋燭からのものとだけで、お互いの表情をなんとか確認できる程度の明るさしかない。光が届かない部屋の隅などはなにも見えず、もし、本物の鼠などが潜んでいても気づけないだろう。

 空気はどこか湿り気を帯びていて、かび臭い。空気穴は部屋の隅にきちんと開いているから息苦しくはないのだが、どうやらそこも直接外にはつながらないように通風孔を介しているらしく、外の光は一切、差し込んでこない。きっと物音も漏れない仕組みになっているのだろう。


「マオさん、大丈夫だっぺか……」


 やれることもなくただじっとしていた元村娘が、心細そうに呟く。

 ここに二人を押し込んだ三人組の悪党は出入り口に鍵をかけると姿を消し、おそらくは元の部屋に、マオに尋問が行われている場所へと戻って行った。

 ラウルから手荒なことはしない、脅すだけだとは言われてはいるものの、やはり、源九郎も心配でならない。


(ああ、くそ! 本当に俺は、[源九郎]なのかよ……)


 自分で自分が、情けなくなってくる。

 本来、ヒーローである[立花 源九郎]は、こんなピンチであろうと難なく切り抜けてしまうのだ。

 だが、いまの自分にはそうすることができない。

 まだまだ目指す[サムライ]には及んでいないのだと、あらためてそう自覚せざるを得ない。

 ━━━せめて、不安がっているフィーナを励ましてやろう。

 そう思ってなにか言葉をかけようと口を開きかけた源九郎だったが、鉄格子の向こうで扉が開く音が聞こえてきたためそれを中断し、慌てて身体を起こしていた。


「ほら、さっさと歩け! 」

「ひ、ひぃっ! 言う通りにしますからっ、乱暴はよして下さいにゃ~っ!! 」


 牢獄に閉じ込められた二人が外の気配に注意していると、やがて鼠人にマンキャッチャーで首のあたりを押さえつけられ、後ろからぐいぐい押されながらマオが姿をあらわした。


(ネコがネズミに連行されてる)


 その光景を見たサムライは滑稽に思って頬が緩みそうになってしまったが、慌てて気を引き締める。

 笑っていられる場合ではないのだ。


「入れ! いいか、大人しくしていろよ!! 」


 それから鼠人は源九郎とフィーナがいる場所のちょうど廊下を挟んで反対側にある牢獄の格子戸を開くと、そこに半ば突き飛ばすようにマオを放り込む。


「お、おい、あんた! なぁ、俺たち全員を一緒の牢獄に入れてもらうわけにはいかねぇのか!? 」


 もう自分の仕事は終わりだとばかりにさっさと鍵をかけようとしていた鼠人に向かって、源九郎が呼びかける。

 バラバラに分散して監禁されるよりは、まとまって一つの牢獄に閉じ込められる方が心強いというか安心できるし、なんなら、脱走を試みる際にも都合がいいだろうと思ったのだ。


「はァ? ダメに決まってんだろうが! どうせひとまとめにしたら、お前ら、そろって脱走とか考えるだろうが! 」


 しかし鼠人はこちらの下心をお見通しらしい。

 うっとうしそうに吐き捨てると、彼はしっかりと鍵をしめたことを確認して去って行ってしまった。


「マオさん、大丈夫だっぺか!? 」

「ぅぅぅぅぅ……。と、とりあえず、怪我とかはありませんにゃ」


 フィーナがぱたぱたと鉄格子まで駆けて行き、できるだけ身を乗り出すようにして問いかけると、マオはふらふらとよろめきながらベッドにうつぶせに倒れこんで、うめくような声で返事をした。

 いろいろと精神的に限界、といった様子で、彼は涙ぐみ、普段はピンと張っているはずの髭が力なくしおれている。

 トパスたちに尋問を受けていたのは小一時間ほどでしかないはずだったが、相当消耗を強いられた様子だった。


「散々脅されましたけど、乱暴はされませんでしたにゃ。髭を、引っ張り回されたくらいで」


 猫人は身じろぎひとつせず、声だけでそう答える。

 五体満足で返す、という話は、守られたらしい。


「それで、マオさん。奴らはこれからどうするつもりなんだ? 」

「どうやら、悪党どもは贋金づくりの拠点をミーたちに探させるつもりみたいですにゃー」


 休んでいればとりあえず回復に向かってくれるだろうとわかり、安心した源九郎がたずねると、うつぶせになったままのくぐもった声で返事がある。


「ミーは、あの贋金をケストバレーの近くで買ったんですにゃ。だからまずはそのケストバレーに向かわせて、ミーたちに手がかりを探させるつもりだって、そう言ってましたにゃ」

「ケストバレー? っていうのは、どこなんだ? 」

「ここ、パテラスノープルから西北西に向かった山岳地帯にある、谷に作られた街ですにゃ。ミーが源九郎さんたちと出会ったところからは、もっと西の方ですにゃ。昔から鉱業が盛んな街で、谷の奥にある鉱山から掘り起こした鉱石をその場で精錬して、金属に加工しているところですにゃ。確か今はメイファ王国の王家の直轄地になっていて、王国の貨幣の鋳造を行っていると聞いておりますにゃ」

「硬貨を、━━━作っているのか!? そりゃ、怪しいな」

「ぜったい、そこでニセガネを作ってるんだっぺ! 」


 概略を聞いただけでも、贋金事件の真相を追うためにまず調べるべきはそこであるとわかる。

 鉱山があって、採掘された鉱石を精錬して金属に加工する設備が元々から存在している。

 そして今は王国の直轄領として管理され、硬貨の鋳造まで行っているのだという。

 つまり、そこには贋金の作成に必要な材料も、技術もそろっている。


 贋金の製造元として、十分な条件を有していた。


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