・4-6 第119話 「断れない仕事:2」

 偽装硬貨を見抜くための一般的な方法が通用しない、巧妙な贋金。

 その製造元を突き止め、多量の偽プリーム金貨を流通させたことに対するオトシマエをつけさせるのと同時に、その製造方法をそっくりそのまま入手してしまう。


「悪党だ……」「悪者だっぺ……」


 怪しい両替商の親玉、トパスのセリフに、源九郎もフィーナも唖然としてしまっていた。

 彼は贋金事件を解決し、世の中に平穏を取り戻そうなどとはサラサラ考えてはいない。

 自分がその技術を独占し、活用して、大儲けしようと企んでいるのだ。

 呆れるよりも感心してしまうほどの悪党ぶりだった。


「ふふふ、そんなに褒めるなよ」


 ふざけているのか本心なのか、禿頭のドワーフは気恥ずかしそうにそのつるつるとした頭頂部を手でかいている。

 だが、彼はすぐに真顔になると、鋭い視線で壁際に並んでいた子分たちに「おい」と声をかけた。


「こいつ等に寝床を用意してやりな。うかうか外に出して、そのままトンズラされちまったんじゃたまらねぇからな」

「「「へい、親分! 」」」


 三人組の子分は威勢よくうなずくと、源九郎たちを連れて部屋を出て行こうとする。

 これまで部屋の扉を守っていたラウルは、すべてを心得ている様子で、口元に軽く嘲笑するような笑みを浮かべながら進路を譲ってくれた。


「おっと、待ちな! 」


 だが、実際に部屋を出て行こうとする段階で、唐突にトパスに呼び止められた。

 その視線は鋭く、トボトボと肩を落としたままついて行こうとしていた猫人ナオナー族の商人へと向けられている。


猫人ナオナーさんよ、アンタはここに残りな! 」

「な、な、な、なんでですかにゃ……? 」


 その言葉の意図を、マオは愛想笑いを浮かべながら、おそるおそるたずねる。

 実際には、どうして自分が呼び止められたのかはすでに見当がついているのに違いない。

 しかしこの場所に一人きりで残されるという事実を受け入れがたく、一縷いちるの望みをかけて敢えてたずねてみた、という様子だった。


「もちろん、おめぇさんにはどこでこの贋金を仕入れたのか、じっくり、たっぷりと聞かせてもらわにゃならねぇかんなぁ」


 すっかり怯えきっているマオに、トパスはまるで逃げ場のないところに追い詰めた獲物をいたぶるような猫なで声で、言わずもがなのことを教えてやる。

 その口ぶりと含み笑いに、猫人ナオナーの全身に冷や汗が浮かび、ガタガタと目に見えて身体が震えはじめる。

 相手の口調に猟奇性や加虐趣味のようなものが感じられたからだ。


「そ、そそそそ、そんな! な、なんでも、知っていることならなんでもお話しますにゃ! だ、だから、乱暴なことはしないで欲しいですにゃ! 」

「おうおう、もちろん、素直にしゃべってくれれば、こっちとしても手荒な真似はしねぇさ。けどよ、こっちにゃそれを確かめる手段がないからなー。おめぇさんが嘘ついているか、本当のことしゃべってるのか、話聞いただけじゃわかんねーからなー」

「そ、そんなっ!!! 」


 マオは表情を一層、青ざめさせる。

 トパスは、正直に話せば乱暴はしないと言ってはいる。

 しかし、それを確かめる手段が自分たちにはない、とも。

 ━━━言外に、証言の正しさを確認するために、拷問をするつもりだと宣言をしているようなものだ。

 相手に苦痛を、恐怖を与え、徹底的に追い詰めた状態でその反応を見て、真実を話しているかどうかを見定める。

 どちらにしろ、猫人ナオナーの商人は哀れにも拷問を受けさせられる運命である様子だった。


「お、おい、待ってくれよ、親分さん! 」


 源九郎はいてもたってもいられず、二人の間に割って入っていた。


「全部正直に話すって言ってるんだから、そんな、乱暴に扱う必要はないだろう!? 」

「そうだっぺ! そんなことしたら、マオさんがかわいそうだっぺ! 」


 その行動に触発されたのか、フィーナもマオを抱きしめるようにしてかばう。

 すると禿頭のドワーフは、余裕の笑みを浮かべ、傲然ごうぜんと言い放った。


「おいおい、おめぇさんたち、自分の立場を忘れちゃいねぇか? 」

「ぐっ……」「うっ……」


 その一言に、サムライも元村娘も苦しそうにうめき声を漏らす。

 こちらは武装解除され、まともに抵抗することができない状態であるだけではなく、ここは敵の本拠地なのだ。

 地上の人々には知られていない[裏稼業]を行っている場所であり、ここで暴れたり大声を出したりしても誰も助けに来てくれないだろう。


「な、なら、せめて俺を立ち会わせてくれ」


 自分たちの置かれた不利な状況を嫌というほど再認識させられながらも、だからといってここでマオを見捨てるわけにもいかない。

 前に出た源九郎がバンッ、とテーブルに両手の手の平を叩きつけると、いつの間にかすぐ隣にやって来ていた犬頭の獣人、ラウルが肩をつかんだ。


「安心しろ。ボスが言ってるのは、ただの脅し文句だ。……あんなに怯えているんだ。あの猫人ナオナーがしゃべることはみんな本当のことだろうって、こっちもわかっているさ。だが、変な知恵を働かせられても困るから、こうして脅しているだけだ。猫人ナオナーは狡猾だって有名だからな、考えさせる隙を与えたくない」


 じろりと横目で睨みつけられると、黒い毛並みの犬頭はそっと耳元に口をよせ、そう小声で教えてくれる。

 どうやらトパスの態度は、マオを怖がらせて本当のことをしゃべらせるための演技である、ということらしかった。


「なぁに、異国人。そいつはちゃぁんと、五体満足で返してやらぁな。話がつくまで、おめぇさんらはゆっくりくつろいでおきな」


 信用できない、という表情で見おろしてくる源九郎に、禿頭のドワーフは不敵な笑みを返してくる。


「わかった。……けどよ、もし、マオさんになにかあったら、アンタら、絶対にタダじゃおかないぜ」

「フン、そうおっかない顔をしなさんなよ」


 場合によっては自分を犠牲にしてでも二人を逃がすという腹の底を源九郎の表情から見透かしたのか、トパスはなだめるような笑顔で肩をすくめてみせた。


「ワシらは悪党だが、それ相応の仁義ってもんは心得てるんだ。……裏の世界で長くやっていこうと思ったら、相応の[ルール]ってもんは守らなきゃなんねぇ。だから、まぁ、安心しなって」

「……。わかった」


 安心など、とてもできはしない。

 しかし今はその言葉を信じる以外にはなかった。

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