・4-8 第121話 「違和感のある話」
ケストバレー。
メイファ王国の王都、パテラスノープルから西北西に向かった先にある山岳地帯の谷間に作られた鉱業都市。
贋金の出所として、もっとも怪しそうな場所だった。
「ですが、イマイチ、どうして贋金なんか作っているのかわからないんですにゃ」
もうそこで問題の元凶は確定だと思ったのだが、マオには疑問があるらしい。
「マオさん、どういうことだい? 」
「だって、最初からこの国の、メイファ金貨を鋳造している場所なんですよ? 自前でお金を作り放題じゃないですか。なんで、贋金なんか……」
「む……。なるほど」
怪訝そうに源九郎からたずねられたマオは顔をあげると、自身の疑念をうったえた。
その言葉に、サムライは憮然とした表情になり、ベッドの上にあぐらをかいて座ったまま身体の前で両腕を組む。
貨幣の鋳造という事業を国家から正式に任されていたのにどうして、わざわざ贋金などを作る必要があるのか。
「お金が欲しいのなら、自分んところでどんどん、鋳造してしまえばいいんですにゃ。ケストバレーで贋金を作っているのなら材料は自前で掘っているのですし、いくらでも金貨を増やしてしまえます」
「どうせ偽造するなら、一番高く売れるものを、ってことなんじゃないか? 」
「けれど、この贋金は偽造にすっごく手が込んでます。鉄に金をメッキする、なんてそこまで難しいことではないんですが、その、重さをごまかすために使われている魔法が。魔法って、高くつくんですにゃ。ミーたちにはどうしてなのかさっぱり分かりませんが、魔術師の皆さん、魔法をかけるのにはあれが必要だ、これが必要だって、珍しくて高価な材料をたくさん使いますから。その材料費と、実際に魔法をかける手間賃、技術料っていう奴ですかにゃ? たっぷりふんだくられてしまうんですにゃ。メイファ金貨を元々作っていたのですから、なんで、そんなコストと手間をかけて贋金を作っているのか……。しかも、魔術師って数が少なくて希少ですから、こんな贋金を作っていたらすぐにバレて足がついてしまいそうなものなんですが」
どうせ偽造するのなら、より価値の高いものを対象とした方が少ない手間でより大きな利益を出すことができるのかもしれない。
だが、どうして元々鋳造していたメイファ金貨を増産するのではなく、プリーム金貨の贋金を作るのか。
それも、手間暇がかかる魔法まで使い、アシがつくリスクまで冒して。
それまで通りメイファ金貨を鋳造し続ければ、その量を増やすだけで[お金持ち]にはなれるのだ。
「ふぅむ……」
源九郎が気難しそうな顔で考え込むと、フィーナが少し期待するような顔を向けて来る。
「おさむれーさま、どうしてニセガネなんか作ってんのか、わかるっぺか? 」
命を救われて以来、彼女はサムライのことを高く評価し、絶対的な信頼を置いている。
だからこの謎も解き明かしてくれるだろうと思っているのだ。
「いんや……。さっぱり、わかんね」
しかし、そう答える以外にはなかった。
[サムライになる]という夢を追い求めることに一心不乱に生きて来たアラフォーのおっさんは、こういう、複雑な裏事情というのにはさほど詳しくはないのだ。
(こんな時、考えるのが得意な相棒でもいてくれたらな)
「そうだべか……」と残念そうに気落ちするフィーナを横目に、かつて自分が[親友]だと信じていた相手のことを思い出す。
本来であれば、[立花 源九郎]には[そういうのを考えるのが得意]な相棒がいた。
ドラマや映画の中の役としてではなく、実際に、自分にはそう呼べる相手がいると、そう思っていた。
だが、それは己の勝手な思い込みでしかなかった。
━━━なぜ自分がこの世界に転生することとなったのか、そのきっかけとなった事件、それを引き起こした人物のことを少しだけ思い出すと、チクリ、と、ナイフで刺された辺りが痛む。
あの感覚は、忘れられそうにはない。
(光明の奴……、今頃は、どうしているんだろうな)
その名を思い出さずにはいられなかった。
早川 光明。
共演者としての名は、松山 秀幸。
立花 源九郎と共に、令和の時代に細々と生き残っていた時代劇を再興した、[親友]にして、[相棒]。
しかし彼は源九郎のことを突如としてナイフで突き刺し、その命を奪い去った。
正直なところ、恨む気持ちは強い。
いくらこちらのことが気に入らなかったからとはいえ、なにも、ナイフで、しかも背中から刺すことなどないだろうと思うのだ。
だがこうして転生し、[サムライ]として生きることのできる[チャンス]を手にした今となっては、源九郎にはうかがい知れないような多くのストレスによって(おそらくは)追い詰められ、あれほどの凶行を実行に移してしまった彼のことを心配する気持ちも出てきている。
━━━光明はこちらのことが憎くてしかたがなかったのだろうが、お互いの間にあった[良い思い出]というのも、確かにある。
(アイツなら、いろいろ知恵が回っただろうにな)
ここに彼がいないことが残念でならなかった。
光明はドラマの作中での設定で[若く頭脳鋭敏な、将来を嘱望される逸材]という存在だったが、そういう役ではなく素の人間としても明晰な頭脳を持っていた。
常に冷静沈着でストイックでありながら、人一倍、周囲のことに敏感で、それとなく気づかいをしたり、限られた情報から正確に状況を把握してうまく立ち回ったりすることができた。
源九郎への憎しみを、何年も、何年も隠し通してきたほどの男なのだ。
いや、サムライが夢を追いかけるのに一途過ぎて周囲をあまり見ていなかったというせいでもあるのだが、それでも、光明の知略は優れていたと言える。
━━━恨む気持ちに入り混じった、寂しさ。
複雑な感覚だった。
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