・4-2 第115話 「トパス」
一行が連れて行かれた地下は、それほど深くはないが広い場所だった。
階段を下りた先には廊下があり、その左右にはいくつもの部屋があるのか、窓のない頑丈そうな扉がずらりと並んでいる。
一般的に、地下というのはあまり居住には適さない場所だった。
日光が届かないから少しジメジメとしていてかび臭く、居心地が良くない場合が多いし、景色も悪くて気が滅入る。
だが、気温の変化が小さく、夏は涼しく、冬は暖かいから、保管場所として使われることが多かった。
そして、━━━悪事にも使われる。
地下は人目につきにくく、出入り口も限定しやすくそこを行き来する者を監視しやすいし、音漏れもしにくいから、なにか怪しいことをしていても簡単には露見しないからだ。
「この奥で、オレたちのボスがお待ちだ。さっさと前に歩け」
地下に連れ込まれたことでいよいよ恐怖心が膨れ上がり、足がすくんでしまったマオを後ろから小突いて無理やり進ませながら、髭男が冷酷な声で言う。
(ボス、ねぇ……。どんなのが出てくることやら)
この廊下の奥、他よりも大きく、少し良い造りで大きな一枚板を使って作られた扉の先に、この怪しい集団の親玉がいるらしい。
源九郎は闇の商売であこぎに稼ぎまくり、その金で贅沢の限りを尽くしてでっぷりと太った、片手に常に火のついた葉巻を持ち、もう片方の手には金でモノにした美女を侍らせているという、極悪そうな人相の男を想像し、そんな奴が本当にいたら笑い種だなと口元にわずかに嘲笑を浮かべた。
「ボス、贋金を持ち込んだ
やがてボスのいる部屋の前にまでたどり着くと、鼠人がトントントントン、と丁寧なノックをしてから、中にいる相手にそう報告する。
「入れぇい! 」
すると返って来たのは、厳つい声だった。
想像では、意地汚い本性を隠して自分を気品ある優雅な存在に見せようとする、鼻持ちならない気取った声が返ってくると思っていたのだが、どうも印象が違う。
頑固で気難しそうな人物像が思い浮かんでくる、そんな声だった。
「さ、入りな。……あんまりボスにナメた口きくんじゃねーぞ? でっっっっっかいハンマーで頭カチ割られちまうからな? 」
扉を開く前に、脅しなのか、親切心からなのか、鼠人は源九郎たちを振り返ってそう警告してから扉に手をかける。
フィーナは怯えて両目を閉じ、マオは恐怖に双眸を見開き、口が閉じられなくなってわなわなと震えている。
(落ち着け、俺。冷静に、どうすれば切り抜けられるかを考えねぇと)
サムライは険しい表情で徐々に開いていく扉を睨みつけていた。
逃げ場のない、絶体絶命のピンチという奴に陥ってしまっている。
だが、ここで恐怖に脅え、慌てふためき、情けない声で悲鳴を上げるとしたらそれは、[立花 源九郎]ではない。
もし、自分が本当になりたいと切望していた存在ならば、こんな危機的な状況であろうと決してあきらめず、なんとか、逆転する道筋を探り当てようとするはずだった。
心の中で激しく感情を高ぶらせていても、頭は冷静。
この状況を切り抜ける手段を何通りも考え抜き、そして、チャンスをじっとうかがう忍耐力と、それを決して見逃さない集中力。
そのすべてを合わせ持ち、どんなに不利な状態でも切り抜けて見せる。
そうすることができるのが、[立花 源九郎]という[ヒーロー]だった。
(フィーナと、マオさんは逃がす。……それが、最低限だ)
欲しい結果ははっきりとしているが、しかし、その条件を満たすのは困難だ。
見たところ逃げ道は今まで歩かされてきた一本道しかなく、そしてその唯一の道は、手練れの戦士、ラウルによって塞がれている。
短剣の二刀流を得手とする犬頭ならば、このような狭い室内であっても問題なく戦うことができるのに違いなく、そんな相手を突破して安全に元村娘たちを逃がすなど、無理としか思えない話だ。
だが、源九郎は決して、考えることをやめようとはしなかった。
「おう、おめーらが、贋金を持ち込んだっていうペテン野郎どもか」
一行が押し込まれるようにボスの部屋の中に入ると、その奥、大きな執務机とそれとセットになっているイスに腰かけていた人物が顔をあげ、厳つい声でそう言った。
驚いたことに、━━━ドワーフだ。
赤い肌を持つ[筋肉ダルマ]という形容がぴったりくる相手で、身に着けているのはおしゃれで気取った洋服などではなく、上下ともに作業着に見える厚手の麻布でできたチュニックとズボン姿。
その顔立ちは一度見たら忘れられない特徴的なもので、源九郎が思わず(なんて言ったかな……、そう、金剛力士像だ)と学校の教科書に載っていた写真を思い出してしまったほど厳つく怒り、先端に編み込みのある白髭を豊富に生やし、頭頂部は蝋燭の明かりが反射するほどにツルツルに禿げあがっている。この部分だけを見たら、タコの頭みたいだと思うかもしれない。
そしてこの恐ろしそうなドワーフの背後の壁には、解体業者が使うスレッジハンマーよりもさらに重そうな、すべてが金属でできていて実用一辺倒で装飾の一切が省かれたハンマーが立てかけられている。
(職人みたいだ)
そのドワーフの風貌に、源九郎はかつて自分が交通警備員として働いていた時に何度か一緒に仕事をしたことのある、その道なん十年という、ただの日雇い労働者ではなくそれぞれの[一芸]を極めた職人たちの姿を重ねてしまっていた。
専門外のことはよくわからないが、自分の専門とすることに関しては誰にも負けない。
この一芸に関しては、決して譲らない。
そんな自負心と頑固さを合わせ持った、扱いの難しい気難しい相手。
そんなことを考えている間にボスであるドワーフは手ぶりでここまでサムライたちを連れて来たガラの悪い三人組を壁際まで下がらせ、自身と源九郎たちとの間にはテーブルだけがある状況を作り出すと、身体の前で両腕を組んでイスに深く腰かける。
彼の鋭い眼光に睨みつけられて、フィーナとマオは小さな悲鳴を漏らした。
「人の顔を見てそう怖がるもんじゃねぇ。コイツは地顔だ」
震えあがっている少女と
「ワシの名は、トパス。……ここを取り仕切らせてもらってるモンだ」
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