・4-3 第116話 「金貨の正体:1」

 見た目はクリーンで信頼できる両替商。

 しかしそこの地下には怪しい、危険な臭いのする空間が広がっていた。

 その最奥にいた、ドワーフ。

 ボスと呼ばれている白髭を持ちいかにも頑固そうな厳つい外見を持った彼は、自身のことをトパスと名乗った。

 そうしている間に、源九郎たちの背後で扉がギィと軋みながら閉じられ、ラウルがしっかりと施錠をする。

 彼はそのまま背中で扉にもたれかかり、話が終わるまではここから逃がさないぞという態度で腕組みをして、余裕ぶった笑みを浮かべた。


「おい、おめぇら。お嬢ちゃんと、そこの猫人ナオナー、縄を解いてやりな。縛られたまんまじゃ話もしにくいだろう」

「へ、へい、ボス。しかし、よろしいんですか? 娘はともかく、この猫人ナオナー、けっこう暴れますぜ? 」

「ふん、また暴れるようなら、フクロにしちまえばいい。……知ってるか、猫人ナオナー? お前らの毛皮ってのは、裏社会じゃけっこう高値で売れるんだぜ」


 地下の密室が完成したことを確認すると、トパスは源九郎たちを一瞥してから子分たちにそう命じ、縄を解かせてやる。

 とりあえず拷問とかを受けさせられる恐れはなさそうだとサムライと元村娘は少し安心し、「暴れたら皮はいで売り飛ばす」と言われたマオは、恐怖でガタガタと震えながら縮こまった。


「さて。なんでワシらがおめぇらをとっつかまえたか、分かるか? 」


 それからトパスはテーブルの上に左肘をつき、頬杖を突きながらたずねて来る。

 一行は、互いに視線をかわして相談する。

 なぜ捕まったのかはわかっている。マオのプリーム金貨が偽物だと難癖をつけられているからだ。

 彼らが無言の内に話し合ったのは、誰がこの問いかけに主に答えるのか、ということだった。


(ま、俺しかいねぇよな? )


 源九郎は、マオの情けないまでの怯えようと、フィーナの心細そうな表情を見て取り、自分に任せておけとうなずいてみせる。


「そいつは、もちろん。アンタたちが、ヘタな難癖をつけてきやがったからだ。マオさんの金貨が偽物だ、なんてな」

「なんだと!? てめぇ、なめた口きくとッ!! 」

「おめぇらは引っ込んでろッ!!!!!!」


 サムライが嘲笑するニュアンスをこめながら質問に答えると、浅黒い肌を持つ髭面の男が激高して凄んだが、彼はその十倍は恐ろしく威厳のあるボスの怒鳴り声に身をすくませることとなった。

 鼓膜がビリビリと震える。


「異国人。おめぇさんはこの金貨が、本物だって信じてんだな? 」


 金貨は本物であると断言した源九郎に、マオから奪った金貨をテーブルの上に並べながらトパスはニヤリとした不敵な笑みを浮かべてみせる。


「ああ、もちろんだ。俺たちはこの街に入る時、検問所で徹底的な検査を受けた。その時、金貨も専門の技師に、アンタと同じドワーフ族の人が確かめてるんだ。それで問題がなかったんだから、本物で間違いないぜ」

「ふん、そうとは限らないさ。城門で行っている検査、ありゃぁ、[素人が考えた検査]なのさ。ワシら、[本当のプロ]に言わせれば、子供だましみてぇなもんさ」


 一行は今でもマオのプリーム金貨は本物であると信じているが、禿頭のドワーフはそのことを嘲笑う。


「素人の考えた検査って、どういうことだよ? 」

「そのままの意味さ。城門でやってる検査、あれにはマニュアルがあるんだ。真贋を測るには、表面を細かくチェックして、重量さえきちんと把握すればいいっていう、素人でも考え付くようなことしか知らない役人どもが作った、つまらんマニュアル。「ちゃんと言われた通りに仕事してます」って上に報告するための言い訳みたいなもんさ」


 少しムッとした様子の源九郎の言葉に、トパスは右手をひらひらと振って見せ、それからこちらの目を、その奥底にある感情を覗こうとするように下から見上げて来る。


「つっても、まぁ、おめぇさんたちも言われただけじゃ納得できねぇだろう? 」


 それから彼はそう言うと、金貨の一枚を手に取り、軽々しく放り投げてみせる。

 その雑な扱いにここまで大切に金貨を運んできたマオが、信じられない、という顔で、「あっ、あっ」と、悲鳴と驚愕が入り混じったうめき声を漏らした。

 くるくると回転し、蝋燭の明かりを反射してキラキラ輝きながら部屋の中を飛翔した金貨は、パシン、と、虎柄の猫人ナオナーの手にキャッチされる。


「おい。こいつらにその金貨の正体を見せてやりな」

「へい、ボス」


 そしてトパスからそう命令を受けた猫人ナオナーは重々しくうなずくと、部屋の脇にあった鉄で補強された頑丈な作業机に向かっていき、その上に金貨を置く。

 それから彼は近く立てかけてあった大きな斧を手に取った。


「安心しな。別に、アンタらに危害を加えようってわけじゃねぇからよ」


 武器を手にしたことで警戒心をあらわにした源九郎たちの方をちらりと振り返りってそう言った後、虎柄はその斧を高々と振り上げ、金貨に思いきり振り下ろしていた。


 金は、美しく貴重な金属であるが、比較的柔らかい性質のものだった。

 だから鋼鉄の斧を思いきり振り下ろされれば、薄い板状のそれは両断できる。

 ただ、斧によって真っ二つに叩き斬られる瞬間、おかしなことが起こった。

 金貨の周囲にまるで稲妻のような光が走り、一瞬、ぶわっと衝撃波が広がったのだ。


「ちぃ、髭がビリビリしやがるぜ」


 間近でそれを受けた猫人ナオナーはそう言って自身の髭を左手でなで、それから半分に割られたプリーム金貨を回収し、トパスのテーブルにまで運んでくる。


「見てみな」


 その断片をトパスが持ち上げると、その断面には層が形成されていた。

 黄金の美しい層に挟まれて、別の、到底貴金属とは思えない層がある。


(金で、コーティングされていただけ? )


 源九郎は突きつけられた現実をそう理解し、驚きに双眸を見開いていた。

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