:第4章 「危険なシゴト」

・4-1 第114話 「裏の顔」

 悪いようにはしない。

 犬頭の獣人、ラウルはそう言ったが、まったく信用などできなかった。


(胡散臭ぇ……。あまりにも、怪しすぎるぜ)


 そう思いつつも、しかし、源九郎は逆らうことができない。

 フィーナとマオを人質に取られてしまっているからだ。


「おさむれーさま、すまねぇだ……」

「ぅぅぅ、どーしてこんなことに……」


 縄で後ろ手に縛られ、最初にマオを追いかけて来たガラの悪い三人組に連行されていくフィーナとマオは、なんとも申し訳なさそうな顔をしている。

 目の前でくり広げられている戦いから目が離せなかったからとはいえ、あっさりと捕まってしまい、足手まといになってしまったことが悔しくて、情けなくてしかたがないのだろう。


「安心しな。別に、取って食ったりはしねぇからさ」


 先頭を歩いていた鼠人が気落ちしてトボトボと歩いている二人のことを振り返り、ニヤリ、とからかうような笑みを浮かべながらそう言う。

 それは、確かに取って食われるようなことはないだろう。

 この場には人間以外の種族もいるが、みな共存してきた以上、人肉食というおぞましい行為をする者たちではないはずだ。

 だが、まったく危害を加えないとは言われていない。

 これからどんなことをされるのかと、恐怖でフィーナもマオも顔色を青ざめさせている。


「おい、ラウルさんよ。本当に、悪いようにはしねぇんだよな? 」


 両替商の店の中に連行されながら、最後から二番目に扉をくぐった源九郎は、背後で自分を監視しているラウルの方を振り返りながらそう念押しをする。


「その点は信用してもらってかまわない。ただし、そちらの出方次第ではあるがな」


 黒い毛並みを持つ犬頭は、含みのある言い方をする。


(つまりは、アンタらが望むことを答えなかったら、無理矢理にでも吐かせるってことかよ)


 サムライは心底困ってしまい、嘆息した。

 これから、という時に、また厄介な出来事に巻き込まれてしまったのだ。

 彼は縄で縛られてこそいなかったものの、武器は取り上げられてしまっていた。

 本差しに、脇差。

 ラウルたちは念入りに服の中までチェックをして武器になりそうなものはすべて取り上げ、今は浅黒い肌を持つ髭男が預かっている。

 ━━━源九郎は、徒手空拳での格闘術にも多少の心得があった。

 それは彼が転生する前、役者として[立花 源九郎]を演じていた際に演技で必要だったから身に着けたものだったが、彼にとっての理想の[侍像]は剣術以外にも様々な武術を使いこなすことができる存在だったから、専門家の下について熱心に学んだ。

 ナイフを持ったチンピラ程度であれば、何人かを同時に相手にしても余裕で撃退できる程度の腕前を持っている。

 しかし、今は動くことはできなかった。

 フィーナとマオを人質に取られている以上に、自身の背後にいるラウルが、相当な手練れであると戦った結果よく理解できたからだ。


「あのまま戦っていたら、勝ったのは俺さ」

「フン、ほざいてろ」


 軽く睨みつけると、冷笑が返ってくる。


「ちっ」


 サムライは舌打ちをする他はなかった。

 あの場で戦い続けていたら、実際に勝ったのは自分だろうという自信はある。

 しかし、こうして人質を取られ、武器も取り上げられ、連行されてしまっているのはこちらの方であるし、その結果は覆らない。

 それを理解しているラウルには、余裕があった。


「ったく、ぎゃーぎゃーわめいて、散々暴れやがって。今日の営業はもうできねぇな」


 全員が両替商の店内に入り、最後尾をついてきているラウルが[開店]と書かれた看板をひっくり返し[閉店]に変え、扉を閉めしっかりと戸締りをしていると、先に店内に入り中を見回していた虎柄の猫人族が呆れた口調でぼやいた。

 その言葉通り、店内は酷い有様だ。

 入って正面には受付のカウンターがあり、その左側には順番が回って来るまでソファに座って待つことのできる待合所がある。奥にはつい立てで区切られたブースがいくつかあり、本来であればそこで商談を行うことができるようになっているのだろう。

 どうやらマオは、この奥のブースで交渉中に難癖をつけられ、捕らえられそうになって逃げまわったらしい。

 つい立やイスが倒れ、テーブルが傾き、床には書類やマグカップなどが散らばっている。

 そして右側には、金銭のやり取りを行う両替所なのか、厳重に守られたカウンターがあった。

 カウンターというよりは、壁の中に鉄格子になっている部分があって、そこから応対や硬貨などの受け渡しができるようになっていると言った方がいいかもしれない。

 わずかに見える壁の向こうには、両替に使われる硬貨などが積み上げられていた。


「みんな、奥に行け」


 戸締りを終え、扉の窓からちらりと外の様子を確認したラウルがそう言ってあごを振って指し示したのは、右側の両替所のある方だった。

 今さら反抗してもなんにもならない。

 案内されるままに奥へと進むと、鼠人が奥の壁の一部にあった鍵穴に鍵を差し込んでひねって見せた。

 そこはどうやら見ただけではそれと分からない、カモフラージュをされた隠し扉であったらしい。

 ギィ、と軋みながら扉が開き、源九郎たちはその向こうへと連れ去られていった。


「こっちだ。ついてきな」


 源九郎たちが両替所の壁の向こう側に積み上げられた硬貨の山を感心しながら眺めていると、先頭を進んでいた鼠人が床に同化するように作られていた引き上げ式の隠し扉を持ち上げ、そう言って手招きをして来る。

 ━━━そこには、下へ。地下へと向かう階段があった。

 ちろちろと燃えている壁掛けの蠟燭の明かりのおかげでそれほど深い階段ではなさそうだということはわかったが、怪しげな雰囲気だ。


(なるほど。……裏の顔、っていうわけか)


 ラウルたちにせっつかれて階段を下りて行きながら、源九郎は冷や汗を浮かべる。

 この両替商の外観は、いわゆる[大手企業]といった感じで、クリーンで信頼できるイメージに整えられていたが、その外面の下には、危険な香りのする秘密を内包していたのだ。

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