・3-12 第110話 「用心棒」

 マオがここまで大切に持ち込んだプリーム金貨が、偽物であった。

 そんなのは言いがかりに違いない。

 金貨は間違いなく人を魅了する黄金の輝きをまとっていたし、技師がルーペや天秤を使って慎重に確かめ、問題ないという判断を下しているのだ。

 だとすれば、源九郎が対立しているどちらの側につくのかなど、決まっている。


「悪いけど、俺、マオさんから用心棒みたいな仕事を頼まれていてな」


 源九郎は自身にしがみついているフィーナとマオの手をやんわりと振り払って一歩前に出ると、不敵な笑みを浮かべてガラの悪い三人組を睨みつける。


「げ、源九郎さん、ですがそれは、王都につくまでの話で……」

「なぁに、マオさんはいろいろ親切にしてくれたし、サービスもしてくれたからな、こっちもお返しにサービスさせてもらおうかなって、思っただけさ」


 その背後でマオが驚き、恐縮した様子でごにょごにょと言うが、サムライは振り返らず、不敵な笑みを浮かべたままそう答える。


「ほぅ……、てめぇ、やる気か? 腕に自信があるようだが、三人相手にしようとは、いい度胸じゃねぇか! 」

「まぁな。なにせ俺は、[立花 源九郎]だからな」


 凄んで見せたものの、少しも怯んだ様子を見せないこちらの態度に、虎柄の猫人は表情を険しくする。

 ガラの悪い三人が警戒の視線を向けてくる中で、源九郎はチャキッ、と小気味よい音を立てながら鯉口を切ると、静かに刀を引き抜き、顔の横に立て、八双のかまえを取った。


「来いよ! 三人まとめて、相手になってやるぜ! 」

「上等だ、オラァッ!!! 」「後悔するんじゃねぇぞっ!? 」「とっつかまえて、たっぷりとかわいがってやらァっ!!! 」


 そしてサムライが刀の前後を逆にし、峰打ちにするかまえを取るのと同時に、怒った三人が一斉に襲いかかって来た。


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 いつの間にか、周囲にいた人々は源九郎たちから距離を取っていた。

 誰もトラブルには巻き込まれたくなどないのだろう。半円形に、まるで闘技場アリーナのように人のいない空間ができあがっている。

 しかし、その闘技場はぐるりと人垣で取り囲まれていた。

 巻き込まれたくはないが、興味はある。

 人々はそんな様子で、すっかり野次馬と化していた。


「だァりゃぁっ!! 」


 刀を逆にし、八双のかまえで待ち受ける源九郎に真っ先に飛びかかって来たのは、棒切れで武装した髭男だった。

 彼は雄叫びをあげながら突っ込んできて、大降りに振りかぶって木の棒を振り下ろしてくる。

 もちろん、そんな雑な攻撃など、サムライには通用しない。

 彼は難なく見切って身体を素早く横に移動させて、最小限の動きでかすらせることなくその一撃をかわして見せる。


「もらったぁっ! 」


 だが髭男の一撃は、囮だった。

 勝ち誇った声で叫びながら、鼠人がマンキャッチャーを突き入れて来る。

 その狙いは、太腿のあたり。

 動きを封じようとしているらしい。


「なんのっ! 」


 もちろん源九郎は、そんなことは予見していた。

 彼は事前に相手がどう出て来るかを何通りか予想しており、その対処法をすでに頭の中に思い描いていた。そのおかげで彼の身体はスムーズに動き、顔の横の位置にあった刀を勢いよく振り下ろして鼠人が突き入れて来たマンキャッチャーを弾き飛ばす。


「うわぁっ!? 」


 上からたくましい体格のサムライが振り下ろした刀によって得物を打ち払われた鼠人は、思いきり体勢を崩されて悲鳴をあげる。

 小柄な鼠人は素早かったが、やはり単純な体格差のために力負けしてしまう。


「おさむれーさまっ! 」


 その時、マオと共に後ろに下がり、はらはらと戦いの様子を見つめていたフィーナが悲鳴をあげた。

 髭男と鼠人の攻撃を軽くいなした源九郎だったが、そんな彼に、虎柄の猫人がさらに襲いかかって来たからだ。


「かかったな、阿呆がっ!! 」


 猫という外観のイメージに違わず、ずいぶん身軽だ。

 囮を務めるために大きく棒切れを振り下ろしてきた髭男の背中を素早く駆け上った猫人は、サムライをそのロープでひっ捕らえようと挑んで来る。

 ガラの悪い三人組は、連携が取れていた。

 その攻撃はすべてつながっているのだ。

 まず髭男が大げさな攻撃をして注意を引きつけ、その隙に鼠人が足元を攻撃する。

 だが、それも囮。

 足元の攻撃に対処するために刀を振り下ろした時に、がら空きになっているはずの上からトドメの攻撃を加える。

 事前に打ち合わせていたのかと思えるほどのチームワークだった。


 ただ三人組にとって不幸だったのは、源九郎はそのことも予測していた、ということだ。


「ぬんっ! 」

「がはっ!? 」


 サムライは自身に向かって飛びかかって来る猫人に自ら向かっていき、ぐっ、と身体を突っ張って、柔らかいその腹部に頭突きを食らわせていた。

 いくら身軽とはいえ一度空中に出てしまった猫人は、容易には体勢を変えることができない。本来着地を予定していた地点から動かれてしまっても、まったく対応できなかった。

 彼はなんとかロープをこちらの身体にかけようとするが果たせず、もろに頭突きを食らって軽々と吹き飛ばされる。

 源九郎はビクともしない。

 彼の体幹は鍛え抜かれているのだ。


「く、くそっ! 」「やりやがったなっ……! 」「おい、コイツなかなか手強いぞっ!? 」


 最初の攻撃が失敗に終わり、態勢を立て直すために引き下がった三人組は、険しい表情で睨みつけて来る。

 どうやら一連の動作だけで、難敵であることを理解したらしい。

 そんな彼らのことを、サムライは悠然とした様子で見つめ返し、刀を正眼にかまえ直していた。

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