・3-13 第111話 「犬頭:1」

 マオを追って来たガラの悪い三人組は、額に冷や汗を浮かべながらこちらの方を睨みつけていた。

 彼らの戦意は失われたわけではなかったが、もはや、容易には襲いかかってくることができない。

 源九郎の実力が想像以上であることを思い知ってしまったからだ。


「すまねぇが、マオさんをそっちに引き渡すつもりはねぇ。金貨は別の両替商に持っていくから、アンタたちは引いてくれねぇかな? 」


 そんな彼らに向かって、サムライは油断なくかまえを取ったまま、そう持ちかける。

 ことをこれ以上荒立てたくないというのが、本音だった。

 というのは、ここは王都・パテラスノープルでももっとも賑やかな場所と言える西市場で、実際に周囲には数えきれないほどの衆目があるからだ。

 こんな場所では、迂闊に相手のことを斬る、などということはできない。

 どんな理由であろうとも殺人事件というのは大事おおごとであり、当局による取り調べが行われるのに違いないし、場合によっては重罰を科されることだってあり得るのだ。

 こんなに多くの人々が見ている前でそんなことをしてしまえば決して逃げきることなどできないだろうし、おたずね者になってしまっては、国王に辺境地域の窮状を訴えかけ、これまでの怠慢についてガツンと文句を言って分からせてやるという目的を果たせなくなってしまう。

 こちらの実力を理解した相手が自発的に引き下がってくれるのならば、それに越したことはないのだ。

 それに、今の手合わせでガラの悪い三人組には、こちらに直接的な危害を加えるつもりがなさそうだということが分かっている。

 彼らが手にしている武器はさほど殺傷能力が高いものではなく、基本的には相手を捕らえるためのものだったし、先ほどの攻撃からもこちらに致命傷を与える意図は感じられなかった。


(話、通じてくれねぇかな? )


 源九郎はわずかな期待を抱きながら、相手の返答を待った。


「すまねぇが、それはできねぇ。こっちも、これが仕事なんでな」


 しかし、三人組には引くつもりがないようだった。

 険しい表情で慎重に源九郎の出方をうかがいながら、虎柄の猫人は双眸を細め、ロープをかまえ直す。

 その仕草に合わせて、他の二人もあらためてかまえを取り直した。


「なら、仕方ねぇな……」


 源九郎も、相手に青あざを作るか、骨の一本か二本は折る、くらいの覚悟を決め、険しい表情を作る。


「待て、お前たち! 」


 鋭く制止する声が辺りに響いたのは、三人組がまさにこちらに飛びかかってこようとした時だった。


「た、たい……、いえ! ラウルのアニキッ!!? 」「ど、どうして止めるんですかい!? 」「そうです、我々だけで奴を捕らえてみせますよ!? 」


 その声に三人組は驚き戸惑いながらも、抗議する声をあげる。


「いや、お前たちではどうにもてこずりそうな様子だからな。……ここは、このオレが直接、相手をしてやろうと思う」


 源九郎たちも三人組が視線を向けている先を確認すると、そこには、一人の犬人族の青年が立っていた。

 180センチあるサムライとほぼ同等か、やや劣る程度の身長の、よく引き締まった筋肉質の美しい肉体を持ち、全身は黒い毛でびっしりと覆われており、顔立ちにはオオカミを思わせる精悍さがあった。

 身に着けているのはありふれたチュニックとズボンだったが、その下には鎖帷子と綿入れを装備しているだけでなく、左右の腰には鞘に納められた短剣が一本ずつ。


(チッ。けっこうやるな、コイツは……)


 源九郎は内心で舌打ちをしていた。

 装備が今まで戦っていた三人組よりも明らかに整っている、というのもあるのだが、そのたたずまいから桁違いの実力を持っていると察することができるのだ。

 まだかまえを取ってはいないが、攻め込む隙がない。

 両替商の建物から姿を現した犬頭の獣人は源九郎の間合いに入らないギリギリを見切って立っていたし、一見するとなんのかまえも取っていないのだが、実際のところはこちらのどんな動きにも対応してすぐに動くことができるように細心の注意を払っている。

 おそらく、今斬りかかったとしても確実にかわされるだろうし、その後で猛烈な逆襲を受けることになるだろう。


「後のことは任せて、お前たちはお前たちで仕事をしてくれ。中でボスが呼んでいるぞ」

「……。へ、へい、ラウルのアニキがそうおっしゃるのなら……」


 どうやらラウルという名前であるらしい犬人が親指で店内を指し示すと、虎柄の猫人はムスッとした不服そうな表情を見せたが、すぐにうなずいてみせていた。

 そして三人組はそれぞれの得物のかまえを解くと、源九郎たちにガンを飛ばしながら両替商の店内へと戻っていく。


「さて、と。貴様、名はなんという? 」


 去っていく三人組と入れ違いに源九郎と対峙することとなったラウルは、腰に身に着けた短剣の鞘の留め具を左右両方ともパチンと解きながら、落ち着いた口調でそうたずねてくる。


「俺は……、立花 源九郎だ」


 名乗るべきかどうか。

 サムライは少し迷ったが、ラウルは少なくともそんじょそこらのごろつきや野盗などとは比べ物にならないほどの達人であろうと察していたので素直に名前を教えてやる。

 すると犬人は「ほぅ? 」と、少し物珍しそうな顔をした。


「タチ、バナ? 耳慣れない名だな。その姿といい、貴様、ずいぶん遠い異国から流れて来たようだな? 」

「ああ、まぁ、そんなところだ。俺は遠いところから来ている。そっちが思っているよりもずっと遠くから、な。……それで? それがなにか、悪いのか? 」

「ああ、悪いとも」


 ラウルは大きくうなずきつつ、すっ、と腰をかがめ、両手を左右の短剣の柄にかけながら、剣呑な視線をこちらへと向けてきた。

 しかけて来るつもりであるらしい。


「他人の国の事情に、部外者の流れ者が首を突っ込まないで欲しいのでな! 」


 そしてそう言い放つと、ラウルは短剣を引き抜き、姿勢を低くしたまま地面を這うように源九郎に襲いかかった。

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