・3-4 第102話 「繁栄」
長い旅路の果てに、とうとう、一向はメイファ王国の王都、パテラスノープルへと到着した。
最初にその姿を遠望した時、源九郎もフィーナもこれまでの苦しかった旅のことを思い出し、そしてとうとう自分たちはやり遂げたのだと知って感激し、その場に立ち尽くして胸の内がジンと熱くなる感触に耐えなければならなかった。
「おらたち……、とうとう、とうとう! ここまで来たんだべ……! 」
「ああ。本当に、夢みたいだぜ」
交易の結節点として商業で栄えるその都市は、これまでに通過して来たどんな街とも比較にならないほど巨大だった。
まず目に入ってくるのは、四重にも連なる、高く分厚い城壁だ。
材質は特別なものではなく、表面は石灰岩を活用して作られたありふれたものだったが、その巨大さは圧巻だ。
四重の城壁は手前から段々と高くなっていく造りになっており、もっとも手前には、幅が二十メートルほどもある、小舟用の運河も兼ねた水堀に面するように作られた地上高二メートル、堀の水面からは七メートル近くはある、三メートル程度の厚さを持った防塁とも呼べるような構造の城壁がある。その奥には地上高五メートル、厚さ二メートルの城壁が、そのさらに奥には地上高八メートル、厚さ二メートルの城壁がある。そして最後の城壁は高さが十メートル以上、おそらくは地上高で十二メートルはあり、厚さも六メートルを超える堅固なもので、いくつもの防御塔を備えている。
どうやら城壁の上に弓、弩などの投射兵器を装備した兵力を配置した場合、すべての城壁から城外に向けて射線が通る構造になっているらしい。
城壁には源九郎の目測で50メートルほどの間隔を置いて防御塔が建築されており、メイファ王国の王家を象徴する紋様なのか、明るい色調の青地に明るい緑でオリーブをかたどった紋章の描かれた旗がいくつも掲げられ、風にたなびいている。
その、執拗なまでに重点的に守りを固めている防御施設群は、おおよそ南北に地形を横切って作られていて、その両端はそれぞれ海に接している。
パテラスノープルは、二つの海をつなぐ海峡に突き出た半島に築かれた都市だった。
四重の城壁があるのは源九郎たちが旅をして来た西側で、南北の守りは一重の城壁と海に託し、東側は海峡を橋で渡った先に二重の城壁を持った半円形の市街を持って、全周に対する防御態勢を構築している。
そしてその厳重な防御施設に内包された都市は、広大なものだった。
一段高い丘の部分にはひと際壮麗な巨大建築物、おそらくは王家の王宮となる建物があり、それを中心として市街地が発達している。
その多くは二、三階建ての低層建築だったが、中心部分には四階建て以上の中層建築まであり、広大とは言え限りのある城壁の内側に大勢の人々がひしめき合って暮らしているのだろうということが想像できる。
マオによれば、王都の人口は五十万を数えるのだそうだ。
これは、中・近世に相当する程度の時代にあるこの世界では、屈指の規模になるはずだった。
「いやぁ~、王都はいつ見ても壮観ですにゃ~! さて、お二人とも。海の方をご覧くださいですにゃ! どうです、この船の数! パテラスノープルは陸路だけではなく海路で世界とつながった、一大交易都市なんですにゃ! そしてあの海の向こう、はるか南に、ミーの故郷でもあるセペド王国があるんですにゃ~」
感動し、感激のあまり絶句している源九郎とフィーナに向かってマオが手で指し示した先には、その言葉通り、数えきれないほどたくさんの船があった。
中・近世の船舶と言えば、誰もが何本ものマストを備えた木造の帆船をイメージするだろう。
パテラスノープルの南側に構築された港に停泊し、今まさに入出港している船舶の多くは、まさにそうした帆船だった。
いわゆる、キャラック船というものが多い。
縦に伸びる三本のマストと船首方向に突き出た一本のマストを持ち、それら四つの帆を組み合わせて使用する外洋航海を前提とした船舶で、船倉に大きなスペースを持っているので貿易船としてよく利用されているタイプの船舶だった。
ただ、そうした[帆船]らしい船だけではなく、たくさんの
源九郎にとってはあまり馴染みのない船ではあったが、[人力で進む]という原始的にも思える方式のこういったガレー船は、風がない時でも航行可能という利点があり、地球でも十六世紀までは主に地中海で盛んに利用されていたものだ。
おそらくこの世界でもガレー船の利点が評価され、盛んに利用されているのだろう。
それ以外にも、より小型のボートなどもたくさん働いている。
明るい青色の美しい海。昼の日差しを浴びてキラキラと輝く波間を、たくさんの船舶が行きかう。
船舶の上では多くの船員たちがきびきびと働いている様子が遠望することができ、交易の活発さを実感させられる。
白い帆と海の青が美しい対比をなすその光景は、数々の画家が海を行く帆船を題材として描いたのも納得できるほどに美しいものであるだけでなく、この都市の繁栄ぶりを象徴するものでもあった。
「ささ、お二人とも、早く城門に向かいましょう! 」
まるで我がことのように自慢げに港の方を指し示したマオだったが、そこにあった光景に釘付けになってしまっている源九郎とフィーナに焦れてしまったのだろう。
二人の注目を集めるように、ぱん、ぱん、と手を叩いた彼は、今度は街道の行き着く先、パテラスノープルの城門の方を指し示した。
「王都に入るには、城門の警備兵の検査を受けなくてはいけないんですにゃ。そしてこれがなかなか時間がかかるものでして……。早く行って並ばないと、中に入るころには日が暮れてしまうんですにゃ」
まだ日も高いのに、そんな大げさな。
源九郎はそう思ったが、しかし、マオの言葉はどうやら誇張ではないらしい。城門の前には、王都に入る許可が下りるのを待っているのか、大勢の人々と十台を超える馬車が列を作っていた。
「お、おう、そりゃ大変そうだ。……フィーナ、さ、行こうぜ」
「わ、わかっただ! 」
ここでずっと感慨に浸っているわけにはいかない。そう理解した源九郎がうながすと、フィーナも、緊張した様子でうなずく。
そうして一行は、王都・パテラスノープルの城門へ向かってその歩みを再開した。
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