・3-3 第101話 「歴史の時間」

 自分たちの旅の目的地、王都がパテラスノープルという名であり、この辺り一帯を統治している国家がメイファ王国という名であること。

 この、普通ならば知っていて当たり前のはずの情報を源九郎とフィーナが知ったのは、旅の商人・マオと出会ってからのことだった。

 サムライは元々こことは違う世界から転生して来たので当然知らなかったし、元村娘も、狭い村社会の中ではそんな知識はなくても問題なかったのだ。

 旅の道中でマオは、商人だからかセールストークのような澱みない口調で、メイファ王国とその王都・パテラスノープルのことを教えてくれた。


「メイファ王国というのは、プリーム金貨を発行していた古王国から分離して生まれたいくつかの国の一つ、なんですにゃ。他に古王国から生まれた国には、アセスター王国や、ミーの故郷、セペド王国なんかがあるんですにゃ。ですからこの辺り一帯はみんな言葉が共通しているんですにゃ~」


 マオの言う古王国というのは、よほど広大な国土を持った国家であったらしい。

 周辺諸国を圧倒する大国として栄えた古王国だったが、しかしその繁栄も永遠のものではなくやがていくつもの国家に分裂し、その別れた先の一つが、源九郎たちが旅をしているメイファ王国であるらしかった。

 といっても、メイファ王国自体もすでに誕生してから数百年が経過しているということだ。

 フィーナの住んでいた村は内陸にあったからわからなかったが、この国は海に接する長い海岸線を持っており、外国との交易が盛んに行われている場所なのだそうだ。

 西に行けば陸続きでアセスター王国、南は海を突っ切るか陸地を長く迂回していけばセペド王国、そして東は文化の異なる諸国家と通じている交通の要衝で、周辺諸国との交易路の結節点となっている王都では貿易品がひっきりなしに行きかい、様々な取引が日夜行われていて、それはもう賑わっているのだという。

 そしてそういった賑わいを見込んで、マオのような商人たちが集まって来る。商人たちが集まってくるとさらに取引は盛んになり、多くの商品と、資金とが流通し、王都はより繁栄する。

 メイファ王国とはつまり、商業が主体の国家なのだ。


(なるほど、どうりで……)


 その説明を聞いた時、源九郎には妙な納得感があった。

 もしこの国が商業によって栄えているのであれば、その統治者たちにとってなによりの最優先事項となるのは、どうやって流通を円滑に、滞らせることなく継続するか、ということになるのに違いなかった。

 多くの商人と商品が行きかう交易路、主要な街道や、海上航路の周辺は特に重要視され、積極的にインフラが整備されるだろうし、治安維持も厳重に行われるだろう。

 そうして商業が盛んになっていくような政策を取ることでこの国はさらに豊かになり、統治者たちもその下で暮らしている民衆もその恩恵にあずかることができる。

 商業とは関係の希薄な辺境の村のことなど気にかけないし、意識の端にさえのぼって来ないのも当然のことだっただろう。


「王都、パテラスノープルの繁栄ぶりは圧巻ですにゃ! 港には毎日たくさんの船がやってきますし、異国からやって来た商人や旅人で街の中はワイワイガヤガヤ! 街には舶来のものをあつかうのと、陸路で遥か東の国々から運ばれてきた珍品をあつかう、二つの市場があるんですにゃ! いろいろなものがあり過ぎてもう、目が回っちゃうくらいなんですにゃ~! 」


 セペド王国から旅をしてくる途中でパテラスノープルを通過して来たというマオの言葉は、実感がこもっていた。

 彼はその様子を興奮しながら説明し、身振りも使って、様々な種族や文化が入り混じっている王都の日常風景を表現してくれた。


「自分の故郷に閉じこもっていないで、広い世界を見て、旅をするべきだ。我々、猫人(ナオナー)族は幼いころからそう言われて育つんですにゃ。セペド王国は豊かで平和な国なのですが、素敵な場所、一生に一度は見るべき場所が他の国にもたっくさん、ありますからにゃ~。中でもパテラスノープルはその筆頭、そしてミーのような商人にとっては、聖地のような場所なんですにゃ」


 おそらくそこには、マオのように一獲千金を夢見る商人たちが大勢、集まってきているのだろう。

 その熱気を想像すると、自然と、源九郎の胸は期待で膨らんだ。


(いったい、どんな人たちが、どんなものがあるんだろうな! )


 国王に辺境の村々の窮状を知らせ、村人たちを救うという使命を忘れたわけではなかったが、これから一生の思い出にできるようなことを見て、聞くことができるのだと思うと、どうしても楽しみになってしまう。

 王都へと続く道の様子だけでも、期待値がどんどん高くなっていく。

 商業に力を入れているだけあってよく整備され、幅が広く、石畳で舗装された街道は、王都からやってきた、あるいはこれから向かっていくのであろう、様々な人々であふれていた。

 人間はもちろん数多くいたが、それ以外にも、マオのような猫人(ナオナー)族や、猫がいるのだから当然、なのかどうかはわからないが二足歩行する犬のような姿の獣人、フィーナと同じくらいの背丈しかないがたくましい骨格とガッチリとした筋肉を持ち、豊かなヒゲをたくわえた赤黒い肌を持つ、ファンタジー世界では半ばお約束のような存在であるドワーフ族もいる。他にも猫人(ナオナー)族よりもさらに小柄な、鼠のような外見の種族ともすれ違った。

 そしておそらくは、パテラスノープルにはこれまでにすれ違った以外の種族もいるのに違いないのだ。

 そこでいったい、何が待ち受けているのか。

 不安がないでもなかったが、源九郎には自身が夢中になって身に着けた殺陣の技と、刀がある。

 どんなことが起こったとしても必ずこの手で切り抜け、フィーナの望みを叶えてやるつもりだった。

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