・3-2 第100話 「王都、その名はパテラスノープル」

 辺境に住まう人々のことを少しも気にかけることなく、放置し続けている国王。

 その王様に、ガツンと言ってやる。

 源九郎とフィーナはそういう理由でこの旅を始めたのだが、その目的地となっている王都の正確な名前が[パテラスノープル]ということを、マオと出会うまでは知らなかった。

 自分たちを支配している領主の上には王様というものが存在しており、王都に住んでいる。

 辺境の貧しい村娘にとってその程度の認識があれば十分に日常生活を送っていくことができるし、頻繁に外界との関わりを持つことの無い村の中ではほとんど話題にのぼることもなかったのだ。

 せいぜい村人たちにとって関わりがあるといえば、戦争のために人手を取られたり、定期的に役人たちが税を取り立てられたりするくらいのことだ。

 フィーナは、彼女が住んでいるこの国が[メイファ王国]という名であることさえ、マオから話をしてもらうまでは知らなかったほどだ。


「さぁ、王都・パテラスノープルは、もうすぐですにゃ! 」


 漠然としたことしか知らなかった、この国の中枢。

 そこに向かう太い幹線道路を先頭に立って歩きながら、猫人ナオナー族の商人、マオは源九郎とフィーナの方を振り返ると、元気よく、励ますようにそう言った。

 パテラスノープルは、まだまだ先にある。

 しかし、これまでに何日も何日も歩き続けてきたことからすれば、もう、目と鼻の先だ。

 出発した村から、ずいぶんと南にまでやって来た。

 気候が変わり、空気がカラッと乾いた感じになり、日差しも強く豊富なものになってきている。気候が変化すると当然、植生も違ってきて、辺りには乾燥に強く日差しを好む植物が多く見られるようになり、オリーブの果樹園などが広がっている。


「おう! いよいよだな! 」


 サムライも力強い笑みでうなずく。

 宿屋で久しぶりに腹いっぱい飲み食いし、身体を洗い、衣服を清潔にし、ふかふかとまではいかないもののダニなどのいないまともなベッドで休んだおかげで、気力も体力も充実している。

 それに、当てもなくさまようのではなく目的がはっきりと見えており、しかも必要十分な元手ももっているのだから、彼は段々とこの旅を[楽しい]と思えるようになり始めている。

 この異世界に転生して来た初日の気持ちを、少し思い出していた。

 自分の新たな人生、新しい冒険の日々が始まるのだ。

 そんな風に期待し、ワクワクしていた気持ちは、貧しく、野盗たちによって虐げられている村人たちという現実を眼前に叩きつけられ、目の前で長老を看取ることとなり、自分自身も本当に[人を斬る]こととなって雲散霧消してしまった。

 その、消えてしまったはずの気持ちを、源九郎は取り戻しつつある。

 彼には励ましなど必要なかった。

 ではなぜ、マオができるだけ元気に、励ますように振り返ったのかというと、フィーナのことが心配だったからだ。


「も、もうすぐ、王都、なんだべか……」


 源九郎にほとんどひっつくような距離で歩いていた元村娘は、硬い表情でゴクリ、と喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 念願の王都を目前として彼女は、緊張してしまっている様子だった。

 その原因は、いろいろ考えられる。

 王様にガツンと言ってやる、と息巻いてここまで旅をして来てみたものの、実際にそんなことができるのかと、夢が現実のものとして感じられる距離にまでなってみると、そう思わずにはいられなくなったのかもしれない。

 あるいは、村の暮らしぶりとはあまりに違う世間の姿を見て、「自分のような田舎者がいていい場所なのか」と怖気づいてしまったのか。

 特に、昨晩この旅で初めてまともな宿屋に宿泊してからは顕著だった。

 彼女はマオが商売で稼いでくれたから気兼ねなく食べられるのだと知っていたはずだったが小食で、せっかくのパンを一つしか食べなかったし、スープも少し残していたほどだった。

 夜は、源九郎とマオが付き添ってやったのでなんとか眠れた様子だったが、今までで一番寝心地がいいはずのベッドの上でなんとも居づらそうにしていた。


(もしかすると、村の人たちのことを思い出しちまったのかもな)


 なんとかフィーナのことを勇気づけようとマオの作戦に乗っかったサムライだったが、あまり効果がなかった様子を見て取って口をへの字にしていた。

 野盗たちの攻撃によって、元村娘のいた村は灰になってしまった。

 しかし人々はたくましく村を再建しようとしているし、少しでも足しになればと、サムライもこの旅に出る前に自身の手持ちの中でもっとも価値が高いはずの砂金が詰まった小袋をそっくり譲渡してきてはいる。

 それでも、村人たちの前途は暗く、大きな困難が待ちかまえているのは疑いがない。

 そうであるのに自分は。

 こんなところで、夢に見たものさえ凌駕するご馳走を食べ、村にあったどんな建物よりも快適な宿屋に宿泊していてもいいのか。

 そんな風に思ってしまったのかもしれなかった。


(苦労して来たんだなぁ……)


 フィーナの境遇を思うとほろり、と思わず涙ぐんでしまう。

 そして同時に、なんとしてでも彼女の願いをかなえ、辺境の村々に平穏をもたらしたいと、強く思う。


「ほぅら、フィーナ! 王都に向かって競争だぞ! 」


 背後を振り返ったサムライは実に楽しそうな笑みを浮かべながらそう言い、フィーナの荷物をひったくると、それを肩にかかげ、左手で刀を抑えつつ王都に向かう方角へ駆け出していた。

 あれこれ思い悩んでしまっているのならとにかく身体を動かせば気分も変わり、いつの間にか明るい気持ちになれるはずだと、そう思ったからだ。


「あっ、おさむれーさま、待ってくんろっ! 」


 源九郎の目論んだとおり、元村娘は慌てて追いかけて来る。

 なかなか脚は早かったが、脚の長さに大きな差がある分、簡単には追いつけない。


「ほれほれ、早くしないと、俺が一番乗りしちゃうからな~! 」


 サムライはそうはやし立てながら、しかし、決してフィーナを置き去りにしないよう手加減して走っていく。


「ミーも、負けていられないですにゃ! 」


 唐突に追いかけっこを始めた二人の様子を最初は見守っているだけのマオだったが、彼も嬉しそうに口角をあげると、「まってくださいにゃ~! 猫人ナオナー族は短足なんですから、ハンデが欲しいですにゃ~っ! 」と呼びかけながら、自身も王都・パテラスノープルに向けて駆け出していた。

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