:第3章 「王都、賑やかに」

・3-1 第99話 「持つべきは商人の友達」

 転生したアラフォーのおっさん、今はサムライとなった源九郎と、元村娘のフィーナの旅は当初、難航していた。

 目指すべき場所はとうに定まっていたものの、どうすればその場所にたどり着くことができるのかを知らず、また、困っている人々を見過ごすこともできず、人助けをしているうちに、一か月もの期間、辺境地域でさまようこととなってしまったのだ。

 だが、旅の商人、猫人ナオナー族のマオと[取引]を成立させてからは、すべてがトントン拍子、今までが何だったのかと思うほど順調に進んで行った。

 マオは旅をしているというだけあって、地理に詳しかった。どの道を進んで行けば王都にたどり着くことができるのかを知っていたし、その途中、どこにどんな街があって、そこがどんな場所なのかも把握していた。

 それだけでも彼が旅の仲間に加わって本当に良かったと思えるのだが、他にも源九郎たちにとってありがたいことがあった。

 マオのおかげで、道中で助けた村人たちから仕事の報酬を受け取りそびれることがなくなったのだ。

 今までもその極めた殺陣を活用していくつかの村を救って来た源九郎だったが、まともにその代価を得られたことなどなかった。

 村人たちに支払いの意志がなかったわけではない。

 なんだかんだあって、いつももらいそびれることになってしまったのだ。

 しかしその点、商人であるマオはしっかりしていた。

 彼は村の状況から見て実際に支払い能力があるかを見極め、無理なく払える適正な報酬というものを探り当てることができたし、一度[払う]と約束させたものはきっちりと受け取った。

 村人たちによる、村の安全と持続的な繁栄のために源九郎とフィーナを定住させようとする試みは相変わらず激しかったが、これも、間にマオが割って入ることで円満に納まるようになった。

 彼の、人懐っこく、親しみやすい話術によるものなのだろう。

 彼は村に定住してくれと懇願する村人たちとそれを断ろうとするサムライと元村娘の間にさりげなく割って入ると、巧みに話題を変え、いつの間にかなにを話そうとしていたのかわからないようにしてしまうのだ。


「いやぁ、本当に。持つべきは商人の友達だな。ありがたや~、ありがたや~」


 マオを旅の仲間に加えてから二週間足らずで、もうあと数日で王都にたどり着けるというところまで来た時、すっかり感心した源九郎は、この旅の商人のことを思わず拝んでいた。

 村人たちにとっての救世主は彼だったが、そのサムライにとっての救世主は、今、王都に向かう途上にある一万人ほどが暮らす街の宿屋の一階にある食堂のテーブルにつき、ぐびぐびとジョッキのビールを飲んでいる猫人ナオナー族だった。


「なにをおっしゃるんですか! 源九郎さんとフィーナさんがいらっしゃらなかったら、ミーは今頃、どこかで野垂れ死んでいたんです。持ちつ持たれつ、お互いさまというものですにゃ! それに、そういう契約ですから! 」


 空になったジョッキを上機嫌でテーブルの上に戻したマオは、口の周りにビールの泡のヒゲをまといながらまんざらでもなさそうに笑う。

 それから彼は、「店員さん、店員さーんっ! 」と呼びかけ、ビールのお代わりを注文した。


「いや、ホントすげぇよ……、商人、すげぇ」


 源九郎の方はというと、マオのように景気よくではなく、噛みしめるようにしみじみと呟きながら、ちびちびとジョッキを傾けている。

 ぐびぐびと豪快に、代金のことを気にせずに飲めないわけではない。

 今の一行の財布は、なかなか潤っているのだ。

 村人たちから野盗退治などの報酬として得た動物の毛皮などの商品を街に出てから売り、そのお金を元手に新たな商品を買い、別の街に立ち寄って売る。

 それをたった二回繰り返しただけで、一行の手元には清潔なベッドのある宿屋に宿泊し、そこに付属した食堂で思う存分に飲み食いしても問題ないだけの財産ができあがっていた。

 しかもこれは、村人たちから得た報酬の三分の一、三人の旅の仲間で均等に分け合ったものの内の、マオの取り分だけを元手に商いをしてこの結果なのだ。

 出会った時は金貨の詰まった革袋とズボン以外なにも身に着けていなかったマオだったが、今はすっかり衣服を整えてしまっている。

 もしもサムライと元村娘だけであったのなら、今でも辺境地域を抜け出すことなどできなかっただろうし、こんな風に、ビールを口にすることもできなかっただろう。

 宿屋の主人が手作りしているというビールは味が濃く、常温であるために日本のもののようにグビグビ飲み干すのには向いていないというのもあったが、つい二週間前までの旅の様相からの変化の大きさに感動さえ覚えている源九郎にとっては、一滴ずつを大事に飲みたい一杯だった。

 フィーナはどうしているかというと、サムライの隣の席で絶句して固まっていた。

 三人が囲んでいるテーブルの上には大人だけが飲むことのできる酒ばかりではなく、料理も並んでいる。

 ありきたりなメニューだ。

 豆や野菜類を煮込んだスープに、パン。都市部に暮らす者ならば大衆でも日常的に口にすることができるような、お手軽な値段の商品だ。

 そこに、酒のつまみとしてチーズとベーコンをスライスしたものが少々。

 それだけに過ぎない。

 しかし、貧しい村で生まれ育ったフィーナにとっては、どれもこれも村の催事でもなければ口にできない貴重な品々だった。

 特に、━━━パンだ。

 穀物を一切無駄にしない、実の表皮まで含めて粉にした全粒粉で作られたいわゆる[黒パン]で、麦の表皮を除いた部分だけを使う高級品とされる[白パン]とは違って比較的安価な[庶民の食べ物]だ。

しかし、元村娘は震える手で食卓からそのパンを手に取った後、それを宝物のように頭上に推し戴き、呆然自失として見つめ続けている。

 麦がゆをおがくずや野草で水増しし、なんとか飢えをしのぐ毎日。

 そんな暮らしをしてきた彼女にとっては、たとえそれが黒パンであっても、パンというのは滅多に口にできないごちそうであるのだ。

 そんな、拳大にまとめられたパンが、一人でいくつも食べられるくらいテーブルの皿の上に積まれている。

 またパンを食べられたら、嬉しいな。

 そんな自分自身の願望の遥か上をゆく現実を、彼女は受け止めきれていない様子だった。


「そんな、お二人とも、もっと楽しく食べて飲んで下さいよ~! ……あ、店員さん、次はワインを下さいな♪ 」


 酔いが回ってきた、というのもあるだろう。

 マオは得意満面の笑みを浮かべ、終始上機嫌で飲食を心行くまで楽しんでいた。


※作者より一言

 熊吉も太閤立志伝で交易やったりお米転がしたり、荒稼ぎしたものであります。

 またやりたくなってきました・・・。


※作者注

 黒パンというのは一般的にライムギパンのことを指して使われる言葉ですが、黒くなるのは全粒粉を使用しているからだそうです。

 ライムギではなく普通の小麦でも、全粒粉で作ったパンは黒っぽくなることから、黒パンと呼ばれていたようなので、作中の全粒粉小麦で作ったパンを「黒パン」とさせていただきました。

 普段よく我々が口にする、麦の表皮を取り除いた部分だけをひいて作った白い粉を使った生地が白いパンは黒パンと対比して「白パン」と呼ばれていたそうで、中・近世の世界では高級品で、貴族などの一部の人しか食べることができなかったようです。

 以上、作者からの注釈でした。 (*- -)(*_ _)ペコリ

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