・2-17 第98話 「商談」
謝礼はいらない。
その言葉に、マオは細目をカッと見開いて、ポカンと口を半開きにしていた。
常識で言えば、こんなことはあり得ないだろう。
源九郎たちも余裕のある旅をしているわけではないし、大金を持っている相手を助けたのだから、その財産のいくらかを受け取る権利を主張するのが当然のことであるはずなのだ。
「ちょ、ちょ、ちょっ、ちょっと待つだよ! 」
その時、慌てて立ち上がったのはフィーナだった。
彼女は「ああ、いいことをした」と満足そうにしているサムライの方を、信じられない、という驚愕の表情で見つめる。
「そんな、謝礼はいらねーだなんて、いくらなんでも気前がよ過ぎるっぺ! マオさん、確かに行き倒れになっとったけど、この通りしっかりとお金は持ってんだべ! おらたちだってこれから王都まで行かなけりゃなんねーんだから、一枚くらいお礼にもらったってバチは当たんねーはずだべ! 」
「けどよ、その方が気分はいいじゃねーか」
「ちっともよくねーだよ! 」
どうやら軽く考えているらしい源九郎に、フィーナの驚きは怒りに変わったようだった。
「おさむれーさま、いくらなんでも危機感がなさ過ぎだっぺ! というかそもそも、おらたちが困ってんのは、おさむれーさまがいつも村の人らからお礼をもらい忘れて来るからじゃねーべか!? こんな時までタダ働きなんて、おらたち、いったいいつお金を稼ぐんだっぺか!? このままじゃ本当に、王都につく前に野垂れ死んでしまうっぺ! 」
その言葉に、源九郎は少しムッとする。
「けどよ、フィーナ。さっきは、俺が村の人からお礼をもらってこなくっても、こんなに怒らなかったじゃないか」
「それとこれとは別だっぺ! マオさんがもっとるんは、どこの村でも見たこともねーよーな大金なんだっぺ! 貧乏しとる村の人らからお礼をもらわないっていうのとは全然、話が違うっぺよ! 」
どうやら二人の間には決定的な金銭感覚の違いがあるらしい。
「あ、あのぅ……、ちょっと、よろしいですかにゃ? 」
今にも本格的な喧嘩が始まりそうな雰囲気に、また元の細目になったマオが両手で二人をなだめるような手ぶりを見せながら割って入る。
「そのぅ、ミーといたしましても、そちらのお嬢さんがおっしゃる通り、いくらなんでもなんの謝礼も無しというのはおかしいんじゃないかと思いますにゃ。せっかくの商品ですが、こうして助けていただけなければ全部無駄になっていたところなのですから、せめて一枚くらいは受け取っていただければと……。その方がミーとしても落ち着きますにゃ」
「ほれ、おさむれーさま! マオさんもこう言ってくれてるんだべ! 」
マオも謝礼を支払いたいという意向であることを確認したフィーナは、それ見たことか、と源九郎を睨みつける。
「しかし、だなぁ……」
しかし、サムライはまだ謝礼を受け取ろうとはしない。
彼としては、無償で人助けをしたという満足感を得る方により強いこだわりがあるのだ。
「でしたら、こういうのではどうでしょう? 」
すうとマオは、身体の前で揉み手をしながらやけに丁寧な口調で提案する。
「どうやらお二人とも王都に向かおうとされているのですよね? ところで、ミーもこのプリーム金貨を売るために王都に向かう途中だったのです。そこで、お二人にはミーが王都に行く間の、護衛をしてはいただけないでしょうか? 」
「護衛? 俺が旅の間、アンタを守って欲しいっていうことか? 」
その言葉に源九郎が首をかしげると、マオははっきりとうなずいてみせた。
「そうです。どうやら貴方様はなかなか良い武器をお持ちのご様子。……腕も相当とお見受けしたのですが、いかがでしょうか? 」
「そりゃもう、おさむれーさまにかかったら、そんじょそこらの野盗なんてこうだっぺ! 」
今度は少しはしゃいだ様子のフィーナが、両手で刀を持つマネをしてブンブン振り回しながら、誇らしげに答える。
金銭感覚についてはまったく共感できなかったが、刀の腕前についての信頼は少しの揺るぎもない様子だった。
その仕草を見たマオは、大仰に驚いてみせる。
「そ~れ~は! 心強い! でしたらなおさら、王都までの護衛を引き受けてはいただけないでしょうか? ミーはこの通り、裸に等しい状態なのに、大金だけは持っていますのにゃ。まさに、野盗たちにとっては絶好の獲物! ここにたどり着くのだって、街道を避け、川沿いをこっそり来たんですにゃ。その、おさむらい様? に守っていただければ、心強いですにゃ。そうして無事に王都までつけましたら、お礼にこのプリーム金貨二枚分の金額を差し上げますにゃ! 」
それからマオはそう言うと、源九郎の様子をうかがうように首をかしげて見せる。
「どうでしょうか? これなら、公平な取引……、商談ではないですかにゃ? 」
先ほどから丁寧な口調になっていたのはどうやら、商売モードに入っていたかららしい。
そのマオの言葉に、源九郎とフィーナは互いに顔を見合わせる。
これは間違いなく、二人にとっては渡りに船と言えるほどに良い話だった。
元々、王都へどう向かえばいいのかわからず、この辺境地域をうろうろしていて、抜け出せずにいたのだ。
マオを護衛するだけで王都に向かうことができるだけではなく、けっこうな額の謝礼まで受け取ることができてしまう。
「えっと、一応、聞くけどよ」
お互いに異論はないと視線を交わしただけで確かめた二人だったが、源九郎は即断せず、念のために質問する。
「マオさんは、王都への道は知っているのか? 実は俺たち、王都にどの道で行けるのかまだ知らなくってな。ずっと道に迷っていたんだ」
王都へ向かうのはいいが、マオが道を知らなければ現状はさほど改善しない。
そのことを心配していたのだが、どうやらそれは杞憂であったらしかった。
「もちろん、存じておりますにゃ! ミーは元々、王都よりもっと南の、セペド王国から来たんですにゃ。王都は一度通った場所、道はちゃんとわかっていますにゃ! 」
そうであるのなら、源九郎もフィーナも、この商談に応じない理由はなかった。
「よし、決まりだ! 俺が護衛するから、マオさん、あんたは王都まで連れて行ってくれ! 」
「お礼も、ちゃんとお願いするだよ! 」
乗り気になって前のめりになる二人の姿を見て、マオは満足そうに両手をぽん、と叩き合わせた。
「商談、成立ですにゃ! これからどうぞ、よろしくですにゃー! 」
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